2015年7月31日金曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 14

三年連続新記録は可能か
夏の文庫フェアが終わると、二年連続で新記録を作った秋がやってきます。2005年は『99%の誘拐』、2006年は『月の扉』、それぞれとても考えられないような販売実績を作ることができました。今クリアすべきは3ヶ月で10000冊の前年実績です。
普通に考えるとその実績を超えるのは並大抵のことではありません。何をどう工夫すればいいのか想像がつきません。

この年の春、累計実績14000冊を超えた時点で丸山は『月の扉』の全店大仕掛けの総括をしてみました。改善点や工夫すべき点はその記録の中からは生まれてきませんでしたが、ここ数年のうちに累計10000冊をクリアしている作品に共通項があることに気付いていました。
『99%に誘拐』『行きずりの街』『葉桜の季節に君を思うということ』の三作品はいずれも第一位帯を巻いていました。『月の扉』は装丁の良さを生かすために、敢えて帯なしで拡販をして累計10000冊を超えました。

本屋大賞が『東京タワー』に決まりました。次の年には『一瞬の風になれ』が選ばれています。
「これが本屋大賞なの?」
「なんでこの作品なの?」
「もうずいぶん売ったじゃない」
「なぜ敢えて今この作品を売らなくてはいけないの?」
「売れている作品を敢えて売り伸ばすのが本屋大賞の存在理由なの?」
そんな疑問がたくさん出てきて、本屋大賞を売ることがつまらなくなってきました。

「私の売りたい本とは違う」
「売れている作品を売り伸ばすための本屋大賞なら別になくてもいいだろう」
「ただ、本屋大賞第一位の帯をつけると何でも売れてしまうのは確かだ」

全店大仕掛けでもう一度ブレイクスルーを起こすなら、ヒントはこのあたりに潜んでいるのだろうと丸山は考えました。

山村書店版本屋大賞をつくるとしたらどうする?
お客様参加ができるスタイルがいいな。

前回は出版社訪問をして、厳選された候補作品をノミネートしていただき、絞り込んだ作品を回し読みして、気に入った作品を決選投票で選んだ。そして、累計販売実績が15000冊を超えた。
さて、次はどのようなかたちでブレイクスルーを引き起こそうか。丸山は考え続ける…

うり坊会議 2007.5.25
「それでは、これから次回の全店大仕掛けをどうするか議論をしたいと思います。誰かきっかけになる意見をお願いします」
「二年連続の新記録が達成できて、今年はどうなるのか気になっていました。ただ、今年はダメでしたというのは嫌なので、何とか今年も新記録を狙っていくべきなのではないかと思います」
丸山の発言に森山君が意見を返しました。

「三年連続の新記録なんて無理だと思います。3ヶ月で10000冊を超えてしまったのですから。でも、何もしないのは良くないと思いますので、何らかのチャレンジだけはした方がいいのかなと思います」
多田野は微妙な発言だった。

「ちょっと、考え方を整理したいんですけど、よろしいでしょうか」
今は担当が変わってうり坊を卒業したはずの遠藤が久しぶりにうり坊会議に参加してしていた。
「3ヶ月で10000冊が前年の実績なら、2か月で10000冊超えたらそれでいいのではないかと思います。そのためにどうしたらいいのか、アイデアをみんなで出し合えばいいのではないでしょうか、丸山さんいかがですか?」

「そうですね、アイデアならいくつかあります。具体化する方法をみんなで考えてほしいところではありますが…」
「どんなアイデアですか」
「本屋大賞って一位帯がついているから売れるのだろうと思います。『99%の誘拐』や『ゆきずりの街』も一位帯がついていました。だから第一位という帯付きで売ったら売れるのだろうなというイメージを持っています」
「でもなにか根拠が明確でないと第一位って難しいと思います」
「そこが工夫のしどころですね」

「もうひとつはお客様参加型の企画にしたいというのがあります。自分たちで読んで投票して第一位を決めるのって、どこでもやっているじゃないですか。お客さまの参加で第一位を決めるとなると権威付けは充分だと思います」
「お客さま参加っていいですね」

「出版社訪問をして候補作品を出版社の皆さんからノミネートしていただくのは継続しようと思います。店の文庫担当者からもノミネート作品は大募集するつもりです。そして拡大うり坊会議で絞り込むところまでは前回と同じでいいのだろうと思います」

「あの、ちょっといいですか」
丸山の意見に金沢君の手が上がった。
「お客さまが本を買う行為っていうのも、お客さま参加と言えるのではないでしょうか」
「確かにそうですよね。だったら、絞り込んだ候補作品で全店フェアをして、お買い上げで順位を決めましょうよ」
「私たちも作品の決定に参加したいな、スタッフ投票を続けたいんですけど」
「だったら、お客さまのお買い上げに、お客さま投票とスタッフ投票を加えて、ポイント換算して順位をきめたらどうでしょう」
金沢君の意見をきっかけに面白そうな意見がたくさん出てきました。

うり坊の意見を聞いていて、山村書店第一位の帯付きでの拡販スタイルが丸山の頭の中でイメージが固まってきた。あとは出版社担当者のさらなる囲い込み、店文庫担当者の企画への参画意欲の高め方が需要な要素なのだろう。丸山はまだ考え続ける…

企画の推進母体の拡大が販売実績のブレイクスルーを引き寄せてくれる。そのためにはある種のお楽しみ企画が必要なのではないか。

「最初のブレイクスルーがあった『99%の誘拐』の時は居酒屋で企画の提案を受け、ディズニーチケットと酒の勢いで目標部数が決まった。だから結果もよかったんだよね。だから今年の企画では何らかの形でそのスタイルを取り入れたいと思う」
「居酒屋で企画提案するんですか」
「まだ各方面との折衝が残っているので正式には決まってはいないけど、飲み会を企画して、その場で企画説明をして、みんなで気勢を上げて一気に盛り上がって突っ走ろうと思っている」
「ふうーん、丸山さんってもしかして策士ですか」
「前年の実績はとてもハードルが高いから考えることはいっぱいあるし、やらなくてはならないことも山積みなんだよ」

「みんな、貴重な意見ありがとう。今までの企画ではすべて口頭で済ませてきました。たが、これからは企画書を正式文書の形に書いて、自分たちの会社にも、出版社の方々にも正式にご案内をしたいと思う」
「正式文書ですか?」
「この間、パワポの研修があると聞いたので、パワポで企画書を作って、プレゼンの資料にも使おうと思っている。正式文書でプレゼンができれば積極的に応援してくれる出版社が必ず出てくると思う」


2015年7月30日木曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 13

2007年の夏の文庫フェア
2007年6月上旬のうり坊は大忙しでした。夏の百冊の銘柄は直前にならないとなかなか決まりません。だから、山村書店版この夏のおすすめの一冊を決めようとしても、準備期間はあまり取れませんでした。
書店員のおすすめと出版社のおすすめを一点ずつ慎重に吟味して、最終的に一冊に絞り込むのがうり坊のコンセプトになっていました。そのために出版社ごとに訪問したり、本社に来てもらったりして検討会をしたのですが、日程的には非常に苦しい状態で進めざるを得ませんでした。

新潮社や集英社は前年の強力な新刊がありましたし、角川書店は『ダ・ヴィンチ・コード』が前年実績に入っています。相当頑張らなければ前年を上回る販売実績は作れないだろうというのが大方の予測でした。

検討会は新潮社、集英社、角川書店の3社に対し、うり坊と参加希望を提出した店文庫担当者が加わって、それぞれ14~5名が参加して行われました。そして各社1点ずつこの夏のおすすめ作品が決まりました。

2007年夏の文庫フェアおすすめの一冊
新潮社『太陽の塔』森見登見彦
集英社『笑う招き猫』山本幸久
角川書店『ツイラク』姫野カオルコ

商品の手配が遅れて7月に入ってから入荷した作品もありましたので、作品ごとの売れ行きにはばらつきがありました。1点だけおすすめする場合は店での展開が容易なのですが、3点のおすすめとなるとかなり難しい部分も出てきたようです。

そんな中で、前年にも実施した新潮社はノウハウが蓄積されていましたし、文庫担当者の売りたい気持ちを刺激した作品が選ばれたこともあって、他の2社を圧倒する勢いで販売実績を上げていました。
前年の『ナイフ』を上回るペースで売れ続けた『太陽の塔』は6月末の商品搬入から8月末までの販売実績は2700冊を超えました。

角川文庫の『ツイラク』が1200冊弱、集英社文庫の『笑う招き猫』が1000冊にあとわずかという結果でしたので、「山村書店この夏の3冊」はトータルで約5000冊の販売実績となりました。
それにしても、新潮社がいかに強かったかがお分かりいただける結果だと思います。

表彰を巡る争い
2007年の夏の文庫フェアでは、店の文庫担当者の夏の文庫フェアに対するモチベーションを上げるために賞品を用意しました。それまでも、賞品が出ると張り切って売る文庫担当者が多くみられたからです。

3社の出版社から販売促進用のサービス品を提供いただき、山村書店でそれまでに出版社から開店のお祝いにいただいたビール券などと合わせて賞品として、成績の良かった店の文庫担当者に提供することにしました。

6月下旬の商品搬入時から販売実績をカウントし始め、8月15日の段階で途中経過を発表しました。

3点トータルの販売実績
うり坊森山君  276冊
乗換駅の効率店  242冊
うり坊遠藤さん  238冊
うり坊高木君   224冊

銘柄別
『太陽の塔』うり坊森山君   138冊
『ツイラク』うり坊森山君   106冊
『笑う招き猫』うり坊高木君   63冊

うり坊森山君は3点トータルの販売数と『太陽の塔』『ツイラク』の三部門でトップに立っていましたが、『笑う招き猫』だけが圏外の32冊の実績でした。

この成績が発表されて森山君は奮起しました。
『笑う招き猫』の陳列を見直し、展開方法を大きく変えて、猛然と売りに走り、8月31日までに55冊の販売実績を作りだしました。

一日平均3.4冊販売しています。それまでの49日間で32冊とは大違いです。
その結果、8月末までの販売期間トータルでは87冊の実績となり、うり坊高木君を抜き去って逆転で第一位に輝きました。
雑学系の文庫の大仕掛けでは全くいいところのなかった店で、対象商品が小説系の文庫になってからの快進撃は今も続いているようです。

表彰を巡る争い2
最終結果は興味深い結果となりました。
3点トータルの販売実績
うり坊森山   457冊
うり坊高木   340冊
うり坊遠藤   333冊

銘柄別『太陽の塔』
うり坊森山   240冊
うり坊高木   196冊
うり坊遠藤   193冊

『ツイラク』
うり坊森山   130冊
うり坊遠藤    98冊
乗換駅の店    93冊

『笑う招き猫』
うり坊森山    86冊
うり坊高木    79冊
乗換駅の店    65冊

うり坊森山君は4冠を達成しました。
「賞品もらえますよね」
森山君は盛んに丸山に言い寄ってきます。

2007年夏の文庫フェアの表彰基準は夏の文庫フェアのトータル販売実績で対前年比を上回ることが条件になっていました。前年の新刊の目玉商品の数々や『ダ・ヴィンチ・コード』などが前年実績に含まれています。

前年にたくさん販売した店はそれ以上に売らなければなりません。今年の実績の順位より対前年の伸び率を優先した表彰基準になっていますので、残念ながら彼は表彰されませんでした。
「ついてないね、森山君」
「でも、君の頑張りはみんな忘れないから」


2015年7月29日水曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 12

うり坊的夏の文庫フェア
2006年6月、小田急線沿線のローカルチェーンの山村書店のうり坊メンバーは、新潮社に招待されて勉強会に参加させていただきました。前年の『99%の誘拐』のブレイクスルーがいい影響を与えたのだとうり坊は考えていました。

夏の文庫フェアをどのように展開するか事前協議をした際に、
「例年通りに100冊すべての作品を普通に販売するのはあまり面白くない」
「山村書店らしい企画をプラスしましょう」
「どれか一点を決めて山村書店の夏のおすすめの一冊として集中的に販売したい」
というような意見が出ていました。

そして、どのように作品を選ぶのか検討した際に、書店員のおすすめと、出版社のおすすめをお互いに持ち寄って合同で検討する会を開こうということになったのです。
山村書店からはうり坊メンバーと仕入部のバイヤー、合計15名が参加し、新潮社からは沿線担当の営業担当だけでなく、文庫販売部の担当を含め7~8名が出席していただきました。

「あらかじめ何をおすすめしたいのか事前に決めておくように」
と言われていたうり坊メンバーからは20冊程度の候補作品が上がり、新潮社からも思い入れたっぷりの一冊が何人かの担当者から出していただきました。そして、一人ひとりがおすすめの作品とおすすめの理由を発表しました。

「『砂の女』はどうでしょうか」
「若い人にはSFとしておすすめしたら面白いかもしれない」
「中・高生は安倍公房なんて知っているのだろうか」
「昔は純文学の大家だった」

新潮文庫は昔から定評がある名作もあるし、最近流行の作家の新作もある。コンテンツが豊富なので、誰がおすすめ本として推薦してもそれなりの説明ができるし、なんとなくイメージとして売れそうな気にもなってきます。
だから、ちょっと考えただけでの何冊かおすすめの作品が出てきます。だからと言って安易には決められないものでもあります。

全員が作品の現物を持って説明しましたので26冊の作品がテーブルに並べられました。言葉の説明では決め手に乏しかったので、最終的に投票で決めようということになりました。

うり坊的夏のおすすめの一冊
うり坊と新潮社の方々が全員で投票して選ばれた作品は『ナイフ』重松清でした。
家族の問題やいじめがテーマになっていますし、夏の100冊のメインターゲットの若い世代向けにピッタリだとみんなが考えて選ばれたようです。

初めての取り組みでしたので、目標冊数は過去の大仕掛けの部数を参考に3000冊としました。その場に新潮社の営業部長や文庫販売部の担当者も同席していましたので、すぐに了解は取れ、夏の100冊のセットと同時搬入していただくことが決まりました。

夏の文庫フェアは6月末にセットが入荷して7月8月の夏休みの期間に販売して、一部9月に入っても販売することもありました。山村書店の各店では基本的に夏の文庫フェアを展開するコーナーの内部で『ナイフ』を多面陳列することにしました。

一部の店ではそれだけでなく大仕掛けと同様にフェア台や一等地のワゴンで販売する店も出てきて、うり坊メンバーを中心に目立つ商品展開がされていた模様です。期間中の販売実績は2700冊を超え、翌月の販売実績を加えて3000冊をオーバーしました。

『ナイフ』の店別の実績
第一位 うり坊遠藤さん 
第二位 うり坊森山君 
第三位 うり坊山森さん
第四位 うり坊多田野君 
第五位 新規出店した大型店

チェーン内一番店のうり坊遠藤さんは全店大仕掛け並みの販売実績を記録していました。夏の文庫フェアのコーナーだけでなく、店内の一等地での仕掛け売りスペースでも大量多面陳列をしていていました。

第一位から第四位までうり坊メンバーの店が入っています。新潮社の勉強会に積極的に参加したうり坊のモチベーションの高さが上位を独占する背景にはあったようです。

2006年の夏の文庫フェアでは各社とも勢いのある新刊を投入していましたので販売実績のブレイクスルーができていました、軒並に対前比を大きく上回る実績を出しています。
そんな中でも既刊本に敢えてフォーカスを当てて、強烈にアピールしたうり坊の気合がこの記録につながったのかもしれません。

反響
チェーン全体の新潮文庫夏の100冊のベスト5
第一位『号泣する準備はできていた』江国香織
第二位『ナイフ』重松清
第三位『博士の愛した数式』小川洋子
第四位『重力ピエロ』井坂幸太郎
第五位『ちいさきものへ』重松清

ベスト5入りした作品の中には6月刊行の強力な新刊が4点含まれていました。その中で6年前に刊行された唯一の既刊本が『ナイフ』です。うり坊メンバーを筆頭に各店の文庫担当者が強烈に自己主張をして『ナイフ』を拡販していることがわかります。
春先に映画化されミリオンセラーになった『博士の愛した数式』を上回り、同じ著者の新刊『ちいさきものへ』と比較しても二倍以上の販売実績となっていました。

勉強会を開催して「山村書店の夏の一冊」を選定して、チェーン全体で「この夏のおすすめの一冊POP」を使用して作品のアピールに取り組んだ、「新潮文庫の夏の100冊フェア」は大成功でした。

2006年の夏の文庫フェアは三社とも大きく対前年比を超えていましたが、既刊本の『ナイフ』を取り上げて3000冊突破させた実績は、夏の文庫フェアで競合する出版社に驚きを与えたようでした。

「普通に売っていたら数百冊にしかならない既刊本なのだろうが、それが3000冊を超えるなんて信じられない」
「既刊本の発掘ってすごく大事ですよね」
「でもなかなか難しい面もありますよね」
「どうしてうちにも声をかけてくれなかったんですか」
「次の機会はうちにも声をかけてくださいよ」
こうした声を多く聞きました。

角川書店や集英社の営業担当者からのアプローチがとても強くなりましたので、2007年の夏には3社から1点ずつおすすめ作品を選んで拡販することになりました。
2006年は各社とも新刊として投入された目玉商品が強く、強力な販売実績が出ていました。来年も同じような強力な目玉商品が出てくるとは限りません。そんな中でも対前年比をクリアしたいといううり坊的な考えもあったのです。


2015年7月28日火曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 11


表彰
3ヶ月で10000冊を売ってしまったこの企画の成功は、社内的にも社外的も大きな反響を呼びました。

候補作品選びの段階で落とされてしまった出版社の方々や、最終候補の10作品に選ばれながら決選投票で涙をのんだ出版社も、かたずをのんで見守ると言った表現が妥当なほど注目していましたし、結果の数字に驚きを感じていました。

社内的には販売実績の2年連続のブレイクスルーができたことを評価していただき、社長の肝いりで賞金を出すことが決まりました。どのような形で入賞者を決めるのか議論がありましたが、販売実績第一位と販売効率第一位を表彰することにしました。

販売実績第一位は2か月で1000冊越えをして、第2位に400冊近く差を広げたチェーン内の一番店が獲得しました。店の代表としてうり坊遠藤さんが社長から賞金を受け取りました。

元々最初にこの作品を仕掛けて売っていた店の文庫担当者の川島君も
「俺が発掘した作品だ」
「俺の存在を忘れるな」
という声が聞こえてくるような気合の入った売り方をしていました。
坪数の小さな店で頑張った結果販売効率第一位に輝き、賞金をゲットしました。
販売効率は「月の扉販売占有率÷文庫売上占有率」の式で算出しました。

「規模の小さな店でも頑張って売っていれば表彰されるチャンスはやってくる」
そのようにみんなに感じてもらうこともモチベーション高めることにつながると考えて実行したものです。

記録的な販売実績を喜んだのは当然出版社の方々です。2か月で7000冊、3か月で10000冊という販売実績はめったにないものだと思いますし、何回分の重版に相当するのかわかりませんが、いずれにしてもインパクトの強い数字でした。

店ごとの頑張りを販売実績で評価していただいて、実績に応じてランク付けし、それぞれの店にお菓子の詰め合わせを贈っていただきました。
出版社から現金や金券類を受け取っても、会計処理上の決まりで全部本部に吸い上げられてしまいます。店で消費できるお菓子類は店の担当者にとって最適な贈り物なのです。

理由
その後のうり坊会議で『月の扉』の売れた理由を確認しました。メンバーからは大きく分けて4つの要素があったと報告されています。

1.     美しい装丁が力を発揮した
2.     出版社の協力体制が整った
3.     うり坊メンバーの意気込みが非常に強かった
4.     スペース取りや陳列方法に自信が感じられた

月の描かれた表紙が美しく、30面、40面の大量多面陳列でさらに美しさが強調され、ジャケ買いが多くあったと報告されています。敢えて帯をつけない選択をしたことが良い結果を導きました。
特に女性客の多い店では装丁の美しさは強力な武器となたようです。編集者と装丁を担当したデザイナーに敬意を表したいと思います。

何よりも多くの出版社の方々の協力で、粒選りの候補作品を集めることができました。それがとても大切なことだったように思います。

多くの候補作品の中から決選投票で選ばれた『月の扉』は出版社推薦であり、文庫担当者推薦でもありましたので、出版社の2年目女子山田陽子さんの積極的なご協力をいただくことができました。追加注文の手配もスムーズで、陳列ボリュームが高いレベルで維持できました。

落選してしまった他社の営業担当者も店を訪れた際に、大量多面陳列された『月の扉』を思わず買ってしまった方がいると聞いています。

出版社訪問、回し読み、決選投票等を通じてうり坊メンバーの企画に対する参画意識が非常に高く、前年の『99%の誘拐』以上の商品展開をする店が多かったようです。表彰を巡る文庫担当者同士の競争も熾烈であったと報告されています。

2006年3月以来、『ダ・ヴィンチ・コード』の大量販売を経験し、大量に売るための具体的な方法を実体験しました。そのおかげでメンバーには大量部数に対する怖さがなくなりました。

ベストセレクションコーナーやベストテンコーナーなど仕掛け売りのスペース確保が全店的に促進され、大きなスペースを使うことが可能になりました。店長と相談しながら商品の展開場所をつくれる体制が整ったことは非常に良い影響を与えています。


影響
2006年秋の全店大仕掛けは
「文庫担当者+仕入部バイヤー+出版社」
三者の力が合致して新記録が生まれ、非常に良い成績を収めることができました。

出版社の方々の熱い思いを知り、絞り込まれた候補作品を実際に読んで、自分なりの判断で投票し、納得性が高い形で全店大仕掛けの作品が決まりました。

事前に販売データも充分につかんでいました。最初に仕掛けを始めた店の文庫担当者が発掘して仲間内にだんだんと広まった作品で、今までの全店大仕掛けの実績を大幅に塗り替える新記録をつくることができました。

その後も売れ続けて、翌年6月には1万4千冊を超えました。その時点で出版社の刷り部数は12万冊だったと聞いています。刷り部数に対する売上占有率が11%を超えています。これは驚異的な数字で、ナショナルチェーンの実績のようです。

2006年10月に『手紙』が発売されました。そしてわりとすぐに映画が封切られました。人気作家の東野圭吾の作品でしたので、爆発的な勢いで売れ続け、ミリオンセラーになりました。

『月の扉』は拡販期間がもろに『手紙』とかぶりましたので、ついに一度もベストテンの第一位を取ることができませんでした。

映像化された作品やミリオンセラーになるような作品は、10000冊以上の売上が過去にもありました。メディアの取り上げが何もない既刊本を、自分たちの力で掘り起こして作り上げた3ヶ月で10000冊以上の売上は、それまでには全く考えられなかった初めての体験です。

ちなみに10月、11月の文庫売上ベスト5は
1位 『手紙』
2位 『月の扉』
3位 『3日で運がよくなる掃除力』
4位 『夜のピクニック』
5位 『世界の日本人ジョーク集』
となっています。
新刊ばかりが上位を占拠していて、既刊本は『月の扉』だけでした。

チェーン内一番店の遠藤さんの店では、10月11月の2か月間の販売実績で、『手紙』と『月の扉』の差は9冊しかありませんでした。もちろん『手紙』の方が上だったのですが、これほど肉薄している店は他にはないのだろうと思います。

この期間の遠藤さんの頑張りは尋常ではありませんでした。競合店の撤退もありましたし、そのお客さまのほとんどを遠藤さんの店で引き受けてしまったようでした。他のジャンルも含め店全体が爆発的な売上を記録していました。

「出勤するとすぐに大量商品の品出し、その間に接客が入り、少しだけ売上データを見て、必要な追加注文を手配して、棚のメンテナンスをしたら1日が終わってしまいます。もちろんその間に来店された出版社の方ともお会いします」
「家に帰ると何もする気が起きなくなって、シャワーを浴びて、ボーっとしながら缶ビールを飲んで寝るだけ」
「毎日こんな淋しい生活が続いています」
と飲んだ席でぼやいていた。

「そういう売れている店で仕事ができる人は少ないのだよ」
「売れない店で働く人には考えられないぜいたくな悩みではないのか」
「今は苦しいけど、この時期を乗り越えれば書店人としての力も着くし、そのうち、もっと楽になるよ」
うり坊メンバーはそんなふうになぐさめることしかできませんでした。
確かにそれだけの忙しさは販売実績が証明しています。

『月の扉』の出版社だけでなく候補作品をノミネートしていただいたすべての出版社に販売結果を報告しました。また、社長の年末の出版社表敬訪問にも同行して、出版社の幹部の方々に年間ベストセラーのデータをお見せしました。
その時の話題の中心は、何と言っても既刊本を発掘して売り伸ばした『月の扉』に集中しました。

2007年5月、『月の扉』の著者の新作文庫第3弾が発売になりました。すると
「この沿線で1万5千人以上の方がお読みになった『月の扉』の著者の最新作です」
そんなPOPをつけて販売した店が多くありました。

その後もこの著者の新作が出るたびに積極的に販売しています。自分たちで作家を発掘し育てたような気持ちを持てることは本当にうれしいものです。


2015年7月27日月曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 10

ノミネート作品
暑い盛りにうり坊メンバーを割り振り4~5名でチームをつくり、スケジュールに従って出版社訪問をしました。そこで次回の全店大仕掛けの候補作品を推薦していただけるようにお願いをしました。うり坊メンバーは日替わり参加でしたが仕入部のスタッフは毎日参加しました。

出版社の文庫担当者は我々の説明を聞いた後で、実物も持ってきて1点1点について詳しく説明してくださいました。
「これはどういう本なのか」
「内容は?」
「装丁の特徴は?」
「なぜこの作品をおすすめするのか」
彼らの説明に一つひとつの作品に対する熱意を感じました。

1日5~6社の訪問でしたから、同席された一人ひとりの熱意に打たれると相当疲れました。彼らの思いを自分たちの力に変えていかなければなりません。

熱意のこもった厳選された候補作品を1社当たり平均3点ぐらい推薦していただきました。また、訪問できずに電話連絡しか取れなかった出版社からも、多くの候補作品がノミネートされました。

うり坊メンバーにとってこの出版社訪問は大成功でした。出版社の現状を現場で実感できましたし、出版社の一人ひとりに対してつながりを強める機会が持てました。若手社員一人ではなかなか成し遂げられないことをうり坊として成し遂げたのです。
また、うり坊メンバー自身にしても、全店大仕掛けに対する強い興味と参画意識を抱かせることができました。

出版社の営業担当と書店の担当者が相互に顔と名前を覚えることで、話がしやすい雰囲気が醸し出され、通常商品の仕入れが上手く回る波及効果もありました。

社内ネットを使って、積極的に候補作品をノミネートしてもらうように案内を載せたら、うり坊以外の文庫担当者からも候補作品が多く集まりました。出版社からの推薦と合わせ、重複推薦も含め候補作品は延べ60点近くになりました。

後は候補作品の絞り込みが残っています。これもうり坊以外のメンバーにも参加を呼びかけ、拡大うり坊会議として行うことにしました。

絞り込み
最終的に候補作品の絞り込みをすることになるのですが、この選定会議が全店大仕掛けの成功と失敗を決定してしまうこともあります。

慎重に候補作品1点1点を検討して、いろいろな切り口で少しずつ絞り込んでいき、最終的には出席メンバー全員の投票で10作品に絞り込みました。

最終候補作品
『彼女たちは存在しない』幻冬舎 浦賀和宏
『日曜日たち』講談社 吉田修一
『月の扉』光文社 石持浅海
『死亡推定時刻』光文社 朔立木
『永遠の放課後』集英社 三田誠広
『彼女はたぶん魔法を使う』東京創元社 樋口有介
『時計を忘れて』東京創元社 光原百合
『人間動物園』双葉社 連城三紀彦
『顔のない男』文藝春秋 北森鴻
『沈黙者』文藝春秋 折原一

光文社、東京創元社、文藝春秋の三社の作品が2点ずつ残っていました。作為的に、あるいは政治的に調整した形跡はありません。この辺が拡大うり坊会議ならではの商品の選び方だったのかもしれません。

出版社推薦と店文庫担当者推薦が重複した作品も残っていました。出版社から厳選された候補作品が多かったこともあり、なかなかの顔ぶれだなと思いました。作品の内容からするとミステリー作品が多く残りました。

「これなら売れそう」
率直な感想はこんな言葉に集約されていました。拡大うり坊会議の面々の気持ちが売りやすさに向かっていて、ミステリー作品を選んでしまったとも考えられます。ともあれ、売りたがり書店員の作家と作品に対する興味の現状を現しているようです。

「経費で三冊ずつ購入しましたので、みんなで回し読みをしましょう」
「作品を読んでお気に入りの作品に投票しましょう」
社内ネットにアップされた文章を見て、決選投票を楽しみにするメンバーが多くいました。

決選投票
最終決定日までに全作品を読み終えるのは大変な作業でした。
「ただいま貸出し中」
となっているとなかなか順番が回ってきません。

9月上旬、文庫担当者や一部の店長を含む31人が一位から三位までを投票しました。
一位票は『月の扉』と『死亡推定時刻』に集中し、わずかの差で『月の扉』が第一位となりました。

投票したメンバーにサンプリングで意見を出してもらうと
「装丁の美しさが魅力」
「都心の店から仕掛けが始まって数店舗ですでに実績が出ている」
「売れる予感がする」
そんな言葉が投票した理由として挙げられていました。

決選投票の結果は、候補作品をノミネートしていただいたすべての出版社の担当者に、すぐにお知らせしました。そして選ばれた作品の光文社との協議に入りました。

光文社のチェーン担当は入社2年目女子の山田さんで、とても可愛らしくて人気のある方でしたので、会いに行くのが楽しみでもありました。販売促進部長を始め数人の方の歓迎を受けて、交渉の席につきました。

山田さんは選考過程でベストテンに2作品が選ばれたこと、そして、決選投票でも第一位と第二位を自社の作品で争ったことをとても喜んでいらっしゃいました。
約1時間の交渉の結果、決定事項の確認を行いました。

1.     初回投入冊数は5000冊、
2.     全店仕掛けの期間は10月1日から11月30日、
3.     9月25にまでに取次搬入
4.     帯なしでの出荷
5.     POPパネルを9月23日までに本部に搬入する


決選投票に参加した文庫担当者が気に入っていた装丁を活かすため、敢えて帯をつけないことを双方で同意しました。また、山田さんに依頼したPOPパネルは三日月をあしらってデザインしてあり、これまた表紙に負けないくらい綺麗なものでした。


全店大仕掛け
2006年10月スタートの全店大仕掛けは記録的な売上となりました。『月の扉』は2か月で7000冊を楽に超え、翌月には10000冊をクリアしました。

特にチェーン内一番店のうり坊遠藤さんは、4月のリニューアル時に獲得した入り口近くの文庫のおすすめ本コーナーを有効に使って売り伸ばしていきました。既存の文庫売場のエンド台を含め店内の三か所で大量多面陳列をしました。

それぞれの場所ごとに陳列スタイルを変え、メンテナンスを頻繁にしていました。そのうちの一か所では多面陳列の半分に帯付きを、残りの半分には帯なしを陳列していました。どちらが本当に売れるのかリサーチをしたそうです。
結果は帯なしに軍配は上がっています。こんなことをして楽しみながら2か月で1000冊を超える販売実績を作り、堂々チェーン内第一位を獲得しました。

都心のターミナル駅の店でも森山君が負けじと張り合って、店内中央通路の仕掛け売りスペースで『月の扉』の大展開を行い、月平均300冊以上の販売実績を作っていました。

入社一年目女子の山森さんは前年に澤口さんが行ったと同じスタイルを継続、ベストテンコーナーを含む3か所展開を実施して有力店と張り合っていました。

賞金稼ぎと命名した高木君は『99%の誘拐』と同じパターンの棚1本『月の扉』尽くしで大きく販売実績を伸ばし、村山君もワゴン2台を駆使して○○の皆さんへと題した模造紙スタイルのポスターを工夫して売り伸ばしていきました。

店のメンバーがこうした取り組みをすると、出版社の営業担当者も黙ってはいません。山田さんは頻繁に店を訪問して販売状況を見たり聞いたり、追加注文をその場で受け付けたり、緊密なお付き合いをしてくださいました。

1位 うり坊遠藤さん、
2位 うり坊森山くん、
3位 うり坊村山君、
4位 うり坊山森さん、
5位 うり坊高木君


夏の盛りの出版社訪問に同行したうり坊メンバーが上位を独占して、彼らのやる気がとても強く感じられた全店大仕掛けになりました。

2015年7月26日日曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 9

停滞を乗り越えるために
その後、全店大仕掛けでは3点商品を取り上げましたが、『99%の誘拐』のようなブレイクスルーはできませんでした、

それぞれ2か月間で、
『ナンプレ』が4000冊強、
『コンビニララバイ』は2000冊、
『雑学図鑑』が4000冊弱、
という販売実績でした。

雑学系の作品2点は3ヶ月でとりあえず5000冊をクリアして面目を施しましたが、小説系の『コンビニララバイ』は4か月間でようやく4000冊を超えただけでした。

うり坊の個人的な仕掛け売りがきっかけとなって、バイヤーが全店で拡販を進める中仕掛けでは10000冊を超える作品が次々と出ています。それなのにうり坊が進める全店大仕掛けはそのような作品は出てきませんでした。

「『99%の誘拐』で成功した出版社との協力体制に胡坐をかいているのかもしれない」
「出版社担当者の囲い込みが作品の出版社だけに偏っているのかもしれない」
そんな考え方が丸山の頭にだんだんとこびりつくようになりました。

うり坊の仕掛け売りも各自が進める個別な作品が活性化していて、それがバイヤーの中仕掛けに繋がり、本部一括の仕掛け売り作品が次々と送り込まれてくる。
うり坊メンバーに敢えて全店大仕掛けというスタイルにこだわらなくてもいいと思っている空気感も生まれているような気もしました。

うり坊のグループとしての検討が不充分で、総意がまとまりきっていないうちに全店大仕掛けの作品を選定してしまっているのではないか。だから、結果がついてこないのではないか、という意見もうり坊を卒業したベテランの社員から指摘されていました。

元々、うり坊の大仕掛けがチェーン全体の牽引車になって実績をだんだんと積み重ねるようになり、出版社とのお付き合いもできるようになってきています。ここで飛躍のステップを踏むことができれば何かが変わると丸山は考えました。

大ブレイクした販売実績が前年実績となる秋が来る前に、全店大仕掛けの展開をどうするのか、うり坊会議を開催して検討しました。

改善会議
丸山:「春先から全店大仕掛けではいろいろの作品を手掛けてきましたが、目標をクリアできている作品がなく、あまりうまくいっていません」
金沢:「中仕掛けでは10000部超えがたくさん出ていますけど、全店大仕掛けでは販売部数の飛躍がありませんね」
山森:「新しい要素をもうひとつ加える必要があるのかもしれない。そうすればステップアップができるかもしれません」
多田野:「『99%の誘拐』の成功事例をもう一度分析した方がいいのではないでしょうか」
森山:「大仕掛けのころまではうり坊と本部バイヤーという自社内部だけで企画を考えていました。これに出版社の力が加わりブレイクスルーが起きました」
遠藤:「そうか、出版社を一社だけでなくもっとたくさん巻き込んだらいいのかもしれませんね」
金沢:「1社だけでなく複数の出版社を同時に巻き込むにはどうすればいいのでしょう」

多田野:「自分たちが売りたいと思う気持ちだけではインパクトが弱いのかもしれない」
森山:「もしかして出版社の担当者も売りたい作品があるのかもしれない」
多田野:「出版社の知恵をもっと引き出すと流れが変わるのではないでしょうか」
金沢:「みんなで出版社訪問をして出版社担当者の売りたい本をリサーチしよう」

うり坊会議での話し合いで出た意見から、
「出版社をもっと巻き込もう」
「出版社の知恵をもっと引きだそう」
そういう意見にみんなの心が動いたようです。

金沢:「出版社を巻き込むための方法ってどんなことが考えられるのでしょうか」
遠藤:「店に来る営業マンの話しを聞くとか、相談するとかですかね」
丸山:「まあそういう方法もあるけど、2~3日かけて一気に出版社を回ってそれぞれに意見を聞くこともできるよ」
金沢:「前の会社でそんなことしていたんですか」
丸山:「新規店の出店の際には何時も出版社廻りをしていたし、管理職として新人を預かった時には、新人が戦力化したころを見計らって担当ジャンルの出版社を訪問したこともあるよ」
遠藤:「そうなんですか。じゃあ、今回も何とかしてください」
丸山:「また出版社訪問を始めるか」
多田野:「さっそく計画を立てましょう」

うり坊的出版社訪問
出版社訪問が上手くいく秘訣は訪問先のルートづくりにあるといえます。複数の出版社を効率よく回るためには移動時間の短縮が課題となります。出版社のある場所は複数の出版社が密集しているケースもあるし、孤立している場合もあります。

どこを重点的に回るのか見極めることが必要な要素です。じっくり時間をかけたい出版社と、短い時間で効率よく話したい出版社で、時間配分を変えることも必要です。やはり目的を明確にすることが最も重要な要素になるのではないかと思う。

うり坊の出版社訪問は知恵を借りること、仲間をつくることが主眼となりますが、若手や新人も連れていくことを考えると、彼らにとって重要な出版社はおのずと限られてきます。その辺の調整がとても重要だと考えていました。

1日5~6社が限度だろうと考えて、なるべく移動時間を短くするように配慮したとしても、ぽっかりと時間が空いてしまうことの良くあることです。そうした場合は一緒に訪問しているメンバーと話し合う時間にすることも大切なことなのかなと思います。

こういう機会から仲間意識が生まれ、うり坊の企画に重要な役割を演じてくれるキャストになってくれることもあるようです。出版社のメンバーを囲い込むと同時に連れて行ったメンバーも囲い込む。それがうり坊的出版社訪問のやり方でした。

出版社の社員は自社の商品は詳しいはずです。そうした方の知識はたくさん吸収すべきです。勉強の機会になることは請合います。新人に多くのチャンスを与えるためにも、人数も回数もなるべく多く引き連れて出版社に訪問する機会を作るようにしていました。

出版社のキーマンを知ることは大切なことです。キーとなる人物につながりがつけば欲しい商品を確保できる可能性が高まります。
出版社にとって書店のキーマンは必要なものを必要なタイミングで売ってくれる書店員でしょうし、全店に影響を及ぼせる人材が一番重要だと感じていると思います。

お互いにメリットを与えられるような存在になれば、自然に人脈は築けるようになります。成長する会社の人脈は世代ごとに受け継がれていかなければなりません。

若い人は若い人同士でつながりを築き、お互いに成長して会社の中で地位を確保できれば人脈が続いていくことになります。

2015年7月25日土曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 8

中仕掛けの活性化
うり坊の活動が積極的になり、出版社との打ち合わせを繰り返して行うと、うり坊メンバーと出版社担当者との付き合いも親密になっていきます。すると、売りたがり書店員独自の掘り起しだけでなく、出版社からの提案でも仕掛け売りができるようになりました。

各店から独自の仕掛け売りが生れると、その店だけで跳ね上がった販売実績が確認されるようになります。特に有力店で行う仕掛け売りは数字的にも仕入部のバイヤーが無視できないものとなっていきました。

バイヤーがデイリーの販売実績チェックで異常に強い販売実績を確認すると、店の文庫担当者へ問い合わせが入ります。
話しの内容からその作品がチェーン全体に波及できそうだと判断すると、バイヤーが出版社と交渉してまとまった冊数を仕入れ、全体で売りまくる中仕掛けという売り方が始まります。

『グーグル完全活用本』はコンピュータ系のニーズが高い都心のターミナル店で動き始めたもので、それを全店に波及させ、約4000冊強の販売実績を上げています。

『脳がぐんぐん若返る』は沿線の中核都市にある一番店から火がついた作品で、バイヤーが1500冊仕入れて中仕掛けとなり、この作品も全店で約4000冊近くの販売実績を上げた。

『怖いくらい当たる血液型の本』は郊外の店から動き始め、早めに都市開発がすすめられて高齢化が進んでいる地帯に広がっていった作品でした。
販売実績は約3500冊でした。若い人が集まる都心の店ではあまり動きがなかったために販売実績のブレイクスルーは起きなかったとバイヤーは判断していました。

『交渉人』『女神』は新宿地区の店の担当者が自分で発掘したり、出版社の営業担当者から提案されて売り始めたりした作品で、割りと万遍なく店を選ばず売れていたようで、全店で4000冊をオーバーしています。

ここに挙げた数々の商品のいずれもが、うり坊メンバーやうり坊に影響された文庫担当者が店独自で仕掛け売りを始め、本部のバイヤーが追随して全店に波及させた作品でした。うり坊の仕掛け売りが店の文庫担当者に大きな影響を与えていることが読み取れます。

本部のバイヤーが名づけた「中仕掛け」という売り方で、常時4000冊近辺の販売実績を作ることができると全店の文庫新書の売上も安定していくことになります。

本部一括仕入れの活性化
全店大仕掛けやバイヤー主導の中仕掛けが成功して、年間の販売実績が大きくなるにつれて、出版社との付き合いは深まり、お互いの協力体制が作れるようになりました。それを端的に現わしているのがチェーン一括の新刊指定配本でした。

『3日で運がよくなるそうじ力』王様文庫は単行本でベストセラーになった舛田光洋氏の文庫版の発売に合わせて、本部一括で指定配本された作品です。全店で8000冊以上の販売実績を作ってくれました。

『影踏み』祥伝社文庫 横山秀夫、『アヒルと鴨とコインロッカー』創元推理文庫 井坂幸太郎、『水の迷宮』光文社文庫 石持浅海の3作品共に1500冊から2000冊規模での新刊指定配本をしていただきました。累計では4000冊から5000冊の販売実績を作ることができました。

『行きずりの街』新潮文庫 志水辰夫は既刊本でしたが、第一位帯付きで拡販されて非常に売れ行きが良かったので、本部一括仕入れの交渉をしたものです。

初めは単店主義をチラつかされて難しい交渉になりましたが、全店大仕掛けのブレイクスルーの結果を理解していただいて、2000冊の一括注文を承認していただきました。

本部一括注文を一度理解が得られれば後は実績を作るだけです。売りさえすればその後に道をつけることは容易になります。結果として、累計10000冊を超すことができるまでに販売実績を伸ばすことができ、出版社担当者との信頼関係の構築ができたと考えています。

『葉桜の季節に君を思うということ』文春文庫 歌野省吾も既刊本でした。この作品も第一位帯をつけて拡販し始めてブレイクしていました。新潮社と並び文藝春秋も特約店中心の単店主義を守っていましたので、それまで本部一括の注文は受け付けていただけませんでした。

99%の誘拐』の販売実績を説明しながら、チェーン全体の販売力をアピールし、うり坊の活動と若手の文庫担当者の人間的な側面もアピールして、何とか本部一括注文を引き受けていただきました。

2000冊の注文からスタートして、販売実績を大きくすることで信用していただくことができました。その後何回か一括注文を繰り返し、累計10000冊を超すまで実績を積み上げることができました。

出版社の協力体制の確立
全店大仕掛けや中仕掛けの実績の積み重ねができたことで、本部一括注文のスタイルが確立し、仕入部のバイヤーの交渉力も経験とともにだんだんと強くなっていき、多くの出版社に実力を認められるようにすることができました。

一括注文をして単品ごとの販売実績を大きくする。次に出版社の総合的な販売実績を大きくし、法人としての出版社内のランキングを上げることができると、会社としての信頼関係を築くことに繋がりました。

文庫の売れ行き良好商品の販売実績では累計10000冊を容易に作ることができました。また、売れ行き良好品がジャンルに関わらずシェアが確実に1%を超える状態を保つこともできるようになりました。

こうしたことで、出版社の信頼関係が確実なものになり、法人対法人としての協力体制も整ってきました。法人特約制度の導入に伴い、大手の出版社のチェーン本部担当が常設されるようになりました。

法人特約は年度目標を設定して、目標達成ができると報奨金が支払われるスタイルが一般的です。目標達成するためには進捗度管理が必要になり、毎月一回の打ち合わせが必要になりました。

販売実績を大きくするには商品情報の重要性が高くなりますし、売るべき商品の検討も必要になります。大手出版社の方に来社いただき、月次の新刊会議が定例化されるようになりました。

全ての作品を一括注文する必要はありませんが、仕入部のバイヤーにとって事前情報を受けことができることは何物にも代えがたいものでした。情報を得ることがバイヤーとしての基礎力を高めてくれることが実感できたのではないかと思います。

仕掛け売りを意図しなくても大きな部数が店に配本され、それを粛々とこなしていく担当者が増えていきました。その結果、特別なことをしなくても全店大仕掛けと同じぐらいの販売実績を挙げる作品が次々と生まれるようになりました。

仕入部のバイヤーの中仕掛けはさらに進化していきましたし、店の担当者と出版社の営業担当者との関係性もとても強いものになっていきました。