2015年11月17日火曜日

スタートのロットで販売量は変わる

やっぱり文庫の仕掛けは150冊からだよな
2012年5月上旬、出版社のKさんが店にやってきた。
「担当が変わってこの地区もみることになったので寄ってみました」
「あいにくと文庫新書の担当は今日お休みです」
そう言ったのだが、それでもすぐに私に仕掛け売りの提案をしてきた。
担当でもないのに…
でも、こういう強引さ、結構好きです。

「先月の新刊の中で、新書の『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』と、文庫のハードボイルド作品『もぐら』がいい感じで売れています。両方とも30冊で仕掛けませんか。A店とB店にお願いして二つの店で結果が出れば、仕掛け売りを全国的に広げていこうと考えています」
「うーん。文庫新書の仕掛けで30冊スタートって私には考えられない。やっぱり仕掛けるなら150冊からだな…」

そんなセリフを言ってしまったものだから、そのまま彼女に話題のペースを握られて、ついつい担当でもないのに合計300冊の注文をしてしまった。昔の癖が抜けないな。それに、Kさんは塾の一期生だったから、無下に断れないのですよ…

『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』は5月17日に150冊入荷して、28日間で27冊の売上だった。
良いのか悪いのか微妙な数字なのだが、ほぼ毎日売上が立っているから何とかなるだろうと思うが、ちょっと心配だ。

『もぐら』は5月30日に150冊入荷して、15日間で146冊の実績だ。堂々文庫週間ベストの第1位に輝いている。
二つ仕入れたうちの一つでこれくらいの数字が取れれば、文庫担当者も無断で注文してしまったことを許してくれるだろう。ちょっとホッとする。

『もぐら』は4ヶ月で1000冊以上販売した『ストロベリーナイト』に近い初速で動いている。
だが、なかなか追加注文の入荷がない。
ボリュームが下がると売上は劇的に下がるので、機会損失はどれくらいあったのだろうかとつい考えてしまう。

ようやく追加が150冊入荷して陳列が維持できるようになったが、一時は17冊しか在庫がなくなって、どうしたものかと思ってしまったほどだった。今回の『もぐら』の仕掛けでは商品調達量が売上速度に追い付いていない。ちょっと嫌な展開だ。次の重版は6月20日だと聞いた。

仕掛け売りを始めて、次の追加注文の入荷数量はその後の売れ行きを左右する。
初速が出ている作品を追いかけて劇的に売上を上げる場合には一気にボリュームアップすることが重要だ。

Kさん、30万部計画やりませんか? この売れ行きなら絶対いけますよ!」
この時の『もぐら』はこんなセリフをつい言いたくなってしまうほどのすごい売れ行きだった。

1か月後の考察

『もぐら』仕掛け開始一ヶ月後のデータを整理してみた。

A店  30冊スタート、追加が30、50、50の3回入荷。
    累計仕入130冊、期間中の売上は65冊、現在庫65冊。
B店  150冊スタート、追加が150、100、300と3回入荷。
    累計仕入700冊、期間中の売上は280冊。現在庫400冊。

考察1:中途半端な数で始めると中途半端な追いかけにしかならない。
    30冊の入荷だと次の注文は往々にして50冊になることが多い。
    入荷数に影響されて同数の注文数になることが多いからだろう。
    売れ行きのペースで販売力を予測して必要な注文数を判断すればいいのだが…
    ボリュームを上げたり、販売ステージを変えたりすると売上は変わる。
    データを見て、販売スタイルを変えようと思わないのか…

考察2:大きな数でスタートすると大きな数で追いかけられる。
    でも追加の取り方が下手だ。1回目の追加150は本来300であるべき。
    1日10冊、週70冊売れているなら150冊だと2週で消えてしまう。
    3回目の追加と逆だろうに。
    担当者のレベルが低く出版社との連携が良くないとこういうことがたまに起きる。
    商品を最優先で出荷してくれる対応をしてもらえると何とかなるのだが、30冊と提案されて150冊に変えているから出版社の担当者も対応がしづらかったのかもしれない。
出版社の重版頻度やロットによってもこういうことは起こりがちなのだろう。

考察3 AB店の仕掛け開始後の動きを見て2店舗が100冊展開の注文をした。
    しかし、なんで100冊なのだろうか?
2店の販売データを見れば一気に200冊スタートでもいいだろうに。
みんなスタートのロットで売上が劇的に変わることを知らないのか。
大きな部数で仕掛ける度胸がないのか。

ついついこんなぼやきがでてしまう。 

2か月後、続編発売

2か月後『もぐら続編』発売、新刊配本7冊。瞬殺!!!
重版分から入荷30冊。
わが店の文庫担当者は出版社に何を語ったのか。
何も語っていないのか。
自分が始めた仕掛けではないから売りたい気持ちはないのか。
違うだろう。
一ヶ月で300冊も『ねずみ』を売っているのに。
これではしょうもない仕掛け売りのA店と同じじゃないか。
一か月で80冊売ればいいと言うのか?
そんなさびしい仕掛け売りなんかしたくもない。
所詮、縁がなかったのだろうか、
仕掛け売りをやめろと言うのか、そんな気持ちにされる状況。
これは辛い…

Facebookに『ねずみ続編』の顛末をUPしたら、出版社の役員が見ていて社内で問題になってしまったそうだ。お蔭でしばらくしたら必要量の入荷があった。何はともあれ、これで安心して売れる。

『もぐら』はノベルスのシリーズ作品の最初の巻を文庫化したもの。それまでに6作品が刊行されていた。その後残りの作品は2か月おきに順次刊行されていって、2013年2月には6作品すべてが文庫化された。
1作目の好調な売上に引きずられ、各巻ともに好成績を収めたので、累計では非常に大きな部数に育っていった。
そして7巻目を文庫書き下ろしで新たに刊行することも決まった。

「売れ行きがよくて著者の気持ちも高ぶって、完結編という意味も持たされたので、筆が進みすぎて上下2巻になってしまった。おかげで、全8冊合計するとミリオンセラーにすることができました」
Kさんがとても喜んでこんな風に言っていた。
「著者はカギのかからないような安アパートに暮らしていたのに、印税がたくさん入ったし、他社からの執筆依頼も増えて、今では『もぐら御殿』に住んでいるといううわさが広まっている」
嘘か真かはさておき、それほど売れたということ。

返品率の改善って何?
昨今の書店はイン・ペナの制度を導入していて、返品率の改善を取次から要求されているところが多い。
返品率を下げる一つの要因は売上を伸ばして仕入れを増やすことにある。そのためにも書店発ベストセラーをつくる試みは、格好の返品率抑制策になるはずなのだが…

仕入の総量規制をして、送品数を下げている書店が増えている。
これでは返品数を下げることはできても、売上を増加させることがますます難しくなってしまうはずなのだが、皆、どう考えているのだろうか。

『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』と『もぐら』の総仕入れは、3カ月後で1200冊を超えていた。
『もぐら』は続編が刊行されたし、売れ行きもそれなりにていたので、販売を継続したため、返品は発生していない。
『崖っぷち「自己啓発修行」突撃記』は150冊入荷で100冊返品だった。返品率は66.7%になる。ただ、ふたつの作品をまとめると1割を切る。
仕掛け売りには失敗はつきものなのだが、成功させた作品で失敗を補うことができれば帳尻は合う。

売れるものは積極的に仕入れて、売れないものは極力仕入れないようにする。これは昔から続いている商売の原則だ。原則を杓子定規に解釈して一つひとつの仕掛け全てを成功させようと思うと、勝負を賭ける仕掛け売りなんかとてもできない。
失敗を恐れない心が成功を導くのだし、失敗をしても他の作品でカバーすることができれば、それで商売は上手く回っていく。

スタートのロットで販売数は劇的に変わる。これは明らかな事実だ。
「文庫新書の仕掛けは150冊からだよな」
このセリフは数十年の経験の中で獲得した経験知だ。「もぐら」の事例は数字的な根拠を出して理解しやすくするために書き込んだもの。

書店の店頭の一等地で大きな数でボリューム陳列をすると、半端ない数で売れていくことがある。何故かというと大きなロットのボリューム陳列が、販売員の心意気を如実にお客様に伝えているからだ。その心意気を汲んでいただいたからお客さまが購買行動に出てくれるのだと自分は信じている。

もし、2012年5月に仕入の規制があって、B店でも30冊のスタートしかできなかったとしたら、『もぐらシリーズ』の累計ミリオンセラーは、生まれていたかどうかわからない。

右肩下がりの現状が何年も続いている業界の中でも、ベストセラーを発行する出版社はあるし、着実に業績を上げている出版社も存在する。
売れるもの、売れないものを見極める技術があるからこそ売れる本が作れているのだろうし、販売現場で様々なメンバーが関与して売れる本に仕立て上げることもできると思う。

「仕掛け売りの仕方」にも、「仕掛け売りの終息のさせ方」にも技術がある。
棚前の1面で平積みにPOPをつけて長く売ることも重要だし、「もぐら」のように150冊以上の展開して一気に売り伸ばす方法もある。どちらにしてもおすすめする側の心意気がお客様に伝わることが重要で、それがにベストセラーにつながるのだと思う

仕掛け売りの技術をマスターすれば、販売現場からベストセラーを作ることは容易にできる。それを行うことができるのは出版社の営業マンであり、取次担当者であり、お客様と直接接する書店員だ。彼らの様々なチャレンジの中からベストセラーは生まれるものだと思う。

店頭の現場を活性化するためには書店員が頑張ればいいのだが、出版社の担当者の関わりや、取次の担当者の応援も欠かせないものだと思う。彼らの熱意が書店員を動かして仕掛け売りがスタートし、ベストセラーを生み出すことはよくあること。

ローコスト経営のため本部に仕入の権限を集約して、店頭の現場にジャンル担当者の顔が見えない状況を作ってしまった動きは、今、修正段階に来ていると聞く。
本部一括が蔓延してどの店にも同じ商品しか並ばない、金太郎あめ書店の硬直化した運用では、うまくいかないと気付いた書店が、再度店頭に人材を集めようとしているとも聞く。

厳しい状況だからこそ勝負をしたいし、書店発ベストセラーづくりにチャレンジをして、活き活きした店頭の現場を再度復活させてほしい。そんな心意気をいつまでも灯し続けてほしいと願っている。


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