2015年9月13日日曜日

ミニうり坊

教えたがり
異動した店にようやく慣れたころ、人事異動がありました。店長と数人のジャンル担当者が入れ替わり、4月を過ぎると新入社員が仮配属になりました。入社時教育の一環としての店頭実習を約半年間行うと言っています。

するとその店に入社1年目から3年目までの若手社員が3名揃いました。女子2名と男子1名です。若手社員が複数集まると、うり坊と関わってきたこれまでの記憶がよみがえり、教えたがりの血が騒ぎます。

書店員として30年以上の歳月を積み重ねてきましたが、自分自身は先輩から仕事を教えてもらったという記憶はありません。当時は、「自分の背中を見て覚えろ」というのがほとんどの人の考え方でしたので、先輩の仕事の仕方を自分から盗むようにしました。

最初の書店に入社して5年後には管理職なっていました。ジャンル担当としての経験は正味4年しかありませんでした。残りの30年間は管理職として人を教える立場になりました。

管理職として新人を受け入れる側の立場になると、初期教育を毎年繰り返す日々が続きました。当時は新規出店が盛んに行われましたので、新人が計算できる戦力に育つと、新規店に異動していくことが繰り返されました。

管理職としての自分の仕事のテーマは「いかに早く新人を戦力化するか」に変わっていったのです。

新規店に異動した若手がまた数年後に自分の店の中核メンバーとして戻ってくると、ただ促成栽培を繰り返すだけでは、彼らにとって良いことばかりではないと気づきました。

基本知識を教えるだけでなく、複数の店を経験させながら新人を一人前のジャンル担当者に育てることも必要だと考えるようになりました。ジョブローテーションを意識した育成計画を作ったこともありました。

50歳を過ぎて新しい会社に移り、うり坊メンバーと触れ合った時には、彼らにちょっかいを出すことがとても楽しいことに感じられました。同じ店に若手社員が3人もいると、売りたがりの血が騒ぐ理由はそんなところにも潜んでいます。
新人の仮配属の間の半年間をミニうり坊として活動しようと思い立ちました。

ミニうり坊
入社2年目男子は雑誌と新書と語学書を担当しています。3年目女子は文庫の担当です。新人は担当を持ちませんので、若手二人について彼らをサポートしながら、仕事の基本を覚えるような役割になっていました。

データチェックのために事務所の机に座っている時や、ちょっとしたすきま時間を使って何気なく若手社員に話しかけました。商品の並べ方の原則、おすすめしたい作品を目立たせる陳列の方法など、うり坊での経験談を少しずつ若手に伝えていきました。

うり坊が機能しなくなってからずいぶん時間が経過しています。仕事の基本を系統立てて教えてもらう機会はなくなってしまっているようです。書店員向けのテキストを改定しながら読ませてみるとそのように感じました。

新人に売り伸ばしの技術を身につけさせるには、実際に売ってみることが一番重要なことです。

「仮配属の期間中に、お客さまにおすすめしたい作品を自分で選び、商品の展開場所を決めて、実際に仕入れて売ってみよう。失敗しても構わないし、若手にとっては経験することが上達の基本だから」

そんな風に話しをすると新人もその気になってきました。

その気になっておすすめ本を売りを始めても、すぐに成功することはめったにありません。何度かチャレンジしていく中で一つでもミニヒットを作れれば、それを突破口にして技術を身につけることができます。

自分の好きな作品をただすすめればいいのか
誰に向かっておすすめしたいのか
どの客層をターゲットにするかによって陳列場所も変わるはず
店の特性に合わせた作品を選ぶと反響が出やすいかも
POPは基本通りに書けていますか
こころに響くコピーが書けていますか

新人への声掛けの言葉は限りなく出てきます。先輩からヒントをもらいながら何度か試行錯誤をして失敗体験を積み上げ、それを糧にしていくと進むべき方向が見えてくるはずです。方向性が見えてくるとそれが本人の自信になります。

ステージを整える
入り口、おすすめ本コーナー、新刊コーナーなど、その店にはおすすめ本を展開できるステージが何か所かあります。その店ではそれぞれの場所の性格付けが明快性に欠けていて、見た目にはただ商品が並んでいるだけという印象を与えていました。

ただ商品が並んでいるだけでは、お客さまに何をおすすめしているのかわかりにくいものです。こうした状態では目立った売上を作ることは難しいものです。店長からも入口の活性化をしたいという要望が出ていました。

若手社員が売り伸ばしの技術を身につけるには条件がよくないように感じましたので、売り伸ばしがしやすいように、ステージの性格付けを明快にしていくことにしました。

商品は所定の位置に正しく置いていくことが基本です。目的買いの方向けにはそれでいいのですが、単調な陳列状態ばかりだと、買う商品を決めずにふらっと来店するお客さまは素通りしてしまうことが多いようです。

両方のお客さまにインパクトのある陳列をするには組み合わせが重要なのです。組み合わせが上手くハマると、目的買いの方にも、衝動買いをなさる方にも満足していただける陳列ができるようになります。

ボリューム陳列のブロックをどのスペースで作ったらいいのか、
今売れている話題性の高い商品をどのように展開するのか、
新刊をどのように並べるのか
おすすめ作品はどこに置くべきか

メンバーと協力して、スペースごとに置くべき商品が陳列しやすいような土台をつくり、それぞれのステージに作品をはめ込み、陳列を手直していきました。

何を売りたいのか目で見てわかる状態をつくることを目標に、パネルやPOPの使い方も含め、お客さまへの訴求力を高める陳列を若手社員と一緒に作っていきました。新人は一緒に行うことによって陳列技術をマスターできるはずです。

新刊はステージを通常の棚とは離れたスペースにコーナーを作り、基本は1面ずつ並べ、売れ筋作品は2面から4面で陳列する。目玉商品はおすすめ本のコーナーに8面積みで展開し、2か所展開を基本にしました。

新しいスタイルの確立
若手女子対ベテラン男性の対決を仕組み、ボリューム陳列7連発によって、店として新たに拡販用のステージを確保しました。鮮度の良い作品で回しながら維持させていく必要があります。

7作品を常に売れている作品で回していくことは大変なことです。そこで、店長を中心に社員全員が協議をして、そのゾーンで取り上げる作品の予定表を作成し、スケジュールを管理していくことになりました。

売場内のおすすめ本コーナーはビジネス用、文庫新書用、ノンジャンル用の3か所がありました。それに入口のおすすめ本コーナーが加わり、合計4か所で20作品程度のおすすめ本の展開が常時可能になりました。

店としての重点商品に取り上げられると、文庫新書では週売40以上、単行本では週売20~30を目標に設定し、100冊から200冊レベルの商品量で、入口と売場内のおすすめ本コーナーでの陳列が行われます。

ベストテンコーナーは文芸用、文庫用、ビジネス書用の3本用意してあり、単行本だと3面、文庫新書だと4面陳列できますし、その場所から販売できるようにしています。
それぞれのジャンルで週間ベストテンにランクインすると、おすすめ本の仕掛け売りは3~4か所展開に拡大します。

このようなかたちで、おすすめ本の仕掛け売りのスタイルが確立したことで、おすすめ本の販売数がそれ以前に比べてとても大きくなりました。

入口の活性化対策として、若手女子対ベテラン男性営業マンの対決を行い、ビジネス担当と入社2年目若手男子のおすすめ作品が大活躍をしました。

特に2年目女子営業担当と新書担当が協力タッグを組んでおすすめした作品は、全店企画の新書ダービーで第一位を獲得してさらに売り伸ばしましたので、次は自分たちの番だと文庫担当の3年目女子が言っています。

年間5回のダービーが行われます。ダービー出走作品の中からこの店のイチオシ作品を選び、仕掛け売りをして第一位を獲得させることができれば、自店で1000冊以上の実績を作ることは比較的容易になります。

1000冊越えを目指すということ
十数年前に10か月かけて単品で1000冊後をしたことがありました。単行本で1500円ぐらいの値段だったように思いますが、同時期に出版社では100万部を突破したと聞きました。

ひとつの作品で、1店舗で刷り部数の0.1%を占めたということに非常に驚き、成功体験を積んだという意識が芽生えて、これをこれからも継続して、目標として狙っていきたいと考えたことがあります。

時代は変わって文房具担当者が新規店の文庫担当になるという話しを聞いた時に、仕入部のスタッフとしてその新規店の品揃えに関するサポートをしろと指示を受けたことがあります。

その店の販売実績はとても厳しい状況でしたので、メンバーのモチベーションを上げる方法として、「単品でチェーン店内第一位の作品を作ろう」という目標を掲げて仕事をしていくことにしました。

仕掛け売りを基本ベースにした店の入り口での商品展開によって、店全体の売上は厳しくても、単品では勝負できます。だから、目標として掲げるには適当だと判断してみんなに話しました。

その結果、目標を見失いがちな状況から、「できることは確実に実行していこう」という意識を持たせることができ、目の前の目標をクリアしていくと、何件ものチェーン店内第一位の作品を作り出すことに成功しました。

そういう条件の店で初めて文房具の担当から文庫担当になるメンバーをサポートすることのなり、大きな目標を掲げることが必要だと考えました。そこで、「単店で1000冊越えを年間に3本つくる」を目標にしました。

日々の仕事の仕方から仕掛け売りの技術までを一つひとつ伝授していくとこうした目標もクリアできるようになり、彼が在籍した3年間の間は毎年3件以上の1000冊越え作品を作ってくれました。

ミニうり坊のメンバーにその経験談を話すと、自分たちの目標として掲げていきたいと言ってきました。

入社3年目女子の挑戦
「この作品で仕掛け売りをしませんか?」
出版社の営業担当が入社3年目女子の文庫担当に、発売して2カ月経った作品を提案してきました。

「チェーン店内の主要な2店舗で同時に仕掛け売りをお願いしたいと考えています。すでに沿線の中核駅の店で了解をいただいています」
そのように声高に話す営業担当からやる気と熱意が感じられました。

「おとうさんはおかあさんが殺しました。おねえさんもおかあさんが殺しました。おにいさんはおかあさんと死にました。わたしはおかあさんに殺されるところでした……」
保険金目当てで家族に手をかけてゆく母親。 巧妙な殺人計画、殺人教唆、資産の収奪……
信じがたい「鬼畜の家」の実体が、唯一生き残った末娘の口から明らかに。
本格ミステリ大賞候補作 『衣更月家の一族』、『殺意の記憶』と続いていく榊原シリーズ第一作。

ホームページの作品紹介の文章はとても刺激的で興味深いものです。

保険金殺人を題材にした作品で、女性作家が書いています。どちらかというと女性に受けるイヤミス系の系譜に属す作品でしょうか。
殺人事件が多く出てくる作品やドロドロ系のミステリーはこの店では割りとよく売れていますので、「もしかしたらいけるかもしれない」という感覚が湧いてきました。

6月の中旬に入荷して、文庫のおすすめ本コーナーで15面展開を始めたところ、6月末までの約2週間で、50%以上の消化率が出ました。
7月に入るとさらに調子を上げています。7月20日には同時に仕掛けた店から過剰在庫となっている100冊を回収して販売しています。

入り口のステージを使ったおすすめ本の展開で、新書ダービーの第一位を獲得した新書担当を見ていました。10月にはおすすめ文庫全店フェアがあります。「今度は自分が活躍する番だ」と入社3年目女子の文庫担当は考えていました。

仕組みを利用した売り伸ばしは、先ずは候補作品のノミネートから始まります。自店でそれなりに売れている作品で、出版社担当者との協力体制が組める作品が望ましいのですが、『鬼畜の家』は見事にハマりそうです。

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