2015年7月13日月曜日

ストーリーで学ぶ10万部三連発 5

勉強会開催
梅雨が明けて暑さが本格化した2011年8月、N氏は書店と取次の担当者を集め、勉強会兼明治神宮花火大会鑑賞会を開催した。

勉強会には14名が参加して、終了後に行われた花火大会には約40人が参加した。その中には「オブザーバーとしてでもいいのでぜひ参加してほしい」とN氏に要請された丸山の姿もあった。

会社が神宮前から千駄ヶ谷に引っ越ししてまだそれほど時間もたっていなかったので、そのお披露目の意味もあったようだ。
N氏にしてみれば、2番目のテキスト「囲い込みの技術」に出てくる、出版社による書店員の囲い込みの事例の実践であった。

勉強会に出席すると書店員はその出版社に肩入れしたくなる。その出版社の人や作品に馴染みが出てくるからだ。
また、書店は出版社を頼りにしている。出版社との協力体制がうまく機能すると、コミュニケーションがよく取れるようになって、書店での販売方法も改善され、売上が加速度的に良くなっていく。

勉強会に中身は最近のビジネス書出版のトレンドについて出版社サイドからの発表があり、書店の現場からの意見を書店員たちが具体的に話した。
もうひとつのテーマは秋の新企画についての説明と意見交換が予定されていた。

秋の新刊の企画について、編集長は10万部突破作品『誰からも「気がきく」と言われる45の習慣』の第二弾の心づもりで企画の概要を報告した。しかし、タイトルを聞いた書店員からは総スカンを喰らってしまった。

勉強会で検討されたのは「気がきく人の仕事の習慣」(仮)だった。
著者は日本の老舗料亭に生まれ、三越に入社、社内研修制度でディズニーワールドのフェローシッププログラムに参加、そこでディズニーのマネジメントを学んだ。
本の内容は、三越とディズニーで学んだことは、日本人にしかできない仕事のやり方があるということ。スタッフとして、マネージャーとして、プロとして働く人が知っておくべき50のことが記述されている、と紹介された。
メインターゲットは30代~40代の男性ビジネスマン。予定していたタイトルは前回の10万部突破作品『気がきく』を十分意識したものだった。

タイトルで紛糾
書店員たちからは
「著者は男性だし、女性が書いた女性向けの作品と同じコンセプトでタイトルをつけても意味はないですよ」
「老舗料亭、三越、ディズニー、この三つの業態を通して学んだこと、得た結論は何だったのか、そこを意識してタイトルを決めないとおかしいのではないですか」
「誰を相手に本を作るのか、ターゲットを明確にして、それに合わせたタイトルでないとおかしいでしょう」
「売れた作品があったからといって、それに便乗しようとしてタイトルをつけるのはいかがなものか。世間的にはよくあることですが…」
「この本の本質、あるいはキーワードは何なのか、そのキーワードをタイトルで表現すべきではないのですか」
などという意見が出され、どうにも収拾がつかなくなってしまった。

書店員はタイトルや装丁については相当突っ込んで意見を寄せる。
日々刊行される新刊を一冊ごとに『売れそうか』『売れそうにないのか』吟味して販売している現場にいると、自然と『売れるタイトル』に敏感にならざるを得ない。

装丁やタイトルについて、編集者は単体で考えがちだ。その点、書店員はどこに並べたら売れるのか、どの本の隣に置くかを常に考えている。
だから、書店員はたくさん並んでいる本の中に置いた状態で、相対的に比較しながら評価する傾向がある。

出版社の人間は自社の商品の中で装丁を考えがちだが、書店員はすべての出版社の刊行物の中で考える。そこに違いが出るのだ。
単体で装丁が良いと気に入っても、同じような装丁が市場にあふれるほどあるならば、とても売る気にならない書店員が出てきても不思議はないだろう。

激論の末、得た結論は「気がきく人の仕事の習慣」では書店員全員が納得しないということだった。
編集者も書店員の意見を無視することができず、改めてタイトルを考え直すことになった。編集長は頭を抱えながらも、わりとスッキリした顔つきで勉強会を終了させ、懇親会に移行させた。

懇親会
勉強会に参加した書店員と花火大会に集まったメンバーで懇親会が始まった。
ピザやから揚げ、サラダなどお取り寄せメニューの料理と、用意していた酒、焼酎、ワイン、ビールで歓談した。

勉強会の後に行う懇親会を、多くの出版社が別会場を予約して行うことが多いのだが、会場を別にすると、参加するのが億劫になるメンバーも多くでてくる。

出席率を高めようとするなら、同じ場所での懇親会の方が望ましいように思う。同じフロアで実施した場合はとても気楽に参加しやすくなる。
担当する人間の手間は余計にかかるが、手づくり感覚が好感を呼ぶし、経費も抑えることができる。

花火が始まると場所を屋上に移して、神宮花火大会を満喫した。そのためにビル管理会社の許可を事前にとってあった。

自社の屋上から花火が見えるなんて、何と贅沢なことだろうか。目の前に神宮球場の照明塔が見え、そのはるか上空で花火が轟音とともに炸裂する。
明るい光が美しく周囲に散らばって、清涼感が感じられる。それだけで夏の夜のひと時がとても楽しいものになった。

ある種の「お楽しみ」を加えたことによって、勉強会参加者に来てよかったという気分を与えることができる。
こうして、勉強会に参加した書店員や取次担当者の囲い込みができるようになる。

N氏は恵比寿の店のSさんが来てくれてとてもうれしく思っている。お誘いした時には、忙しいから難しいかもしれないと言っていて、勉強会には不参加だったが、懇親会には間に合った。そして花火鑑賞の会に来てくれて楽しんでいる様子が見えた。

会場を屋上に移して花火を鑑賞している間、丸山と五反田の書店の店長と恵比寿のSさんで、客層の二重構造をつくる話に大盛り上がりだったようだ。
一見何のかかわりもないように見えるが、実は出版社の招待の席で何度か会ったことがあると言っていた。
N氏も会場を目配りしながら、時々三人の会話に参加して、楽しげに過ごすメンバーたちに安心の笑顔を見せていた。



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