2015年7月20日月曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 3

うり坊な人々④
この店だけこの本を異常に売っているパターンの代表は金沢君でした。
都心のターミナルに近い小規模の駅前にある小さな店で『モルヒネ』祥伝社文庫を驚くほど売っているのに気付いてメンバーに誘いました。

メンバーに誘ってすぐに、2007年2月スタートの全店大仕掛けの候補作品を検討する機会がありました。その際に、12月締め切りに合わせて金沢君がノミネートしたのがこの『モルヒネ』でした。

「絶対に売れます」
候補作品の絞り込み会議で、金沢君は自店での取り組みとその販売実績に自信を持って、強気の発言を繰り返していました。
そして、彼の強い主張に応えて
「そうまで言うなら全店大仕掛けまで待たないですぐに売ってしまおう」
と決めてしまったことがありました。

この頃はうり坊会議の活動に刺激され、大手文庫出版社との協力体制がようやく出来上がり、仕入部のバイヤー主導で一括注文をして、全店で販売する方式が盛んになってきていました。
うり坊会議が主導する全店大仕掛けに対し、仕入部のバイヤーの一括仕入れは中仕掛けと呼ばれていました。

金沢君の主張を尊重して、早速、本部一括で2000冊の仕入の交渉を開始しました。対応してくれた出版社の営業担当も金沢君の店での実績や都内の書店での動きを知っていて、満数で出庫していただくことができました。

金沢君の思惑どおりの展開で販売実績は順調に推移しました。12月中には二度目の全店一括の追加注文を行い、1月に入っても売上が落ちる気配がありませんでした。累計10000冊まで達するのに半年もかかりませんでした。

新潟出身で、朴訥として無口な人となりですが、時々チェーン店内で誰も気づいていない作品をひそかに数多く売っていることがありました。

店のリユーアルに際して、文庫の仕掛け売りのスペースを確保してからは、何か売れそうなものはないかといつも探しています。三島君の後を継ぐ二代目売りたがり書店員の第一候補だと丸山は思っていました。

うり坊な人々⑤
『モルヒネ』を中仕掛として売り始めてしまったので、2007年2月の全店大仕掛けは『どすこい警備保障』小学館文庫という作品に決まりました。

5000冊を目標にスタートした全店大仕掛けは、どういうわけか大失敗。2500冊を超えるのがやっとというありさまでした。2006年秋には3ヶ月で10000冊を超えたのに、その4分の1しか売れないありさまでした。

出版社の社内実績では断トツでランキング一位を2か月間続けることができました。そのことを出版社の方々にはとても感謝されましたが、うり坊の仕掛け売りでこの実績は大失敗なのです。目標冊数は5000冊でしたから…

1.     候補作品の中から売れ筋の作品を先に売ってしまった
2. 作品の決め方が安易だった
3.     売れている作品に食われてしまった

反省点として挙がった理由は3点ありました。ただ、この作品の店頭での展開では、陳列場所に土俵を作って紙の力士を置いてみたり、遊び心満載の陳列をしたりした店が多く出てきました。

陳列に工夫を凝らしたメンバーの代表が川田さんでした。彼女はもともとラインナップの検討の時には彼女ならではの作品を多く押していましたし、大仕掛けの作品をノミネートする際にも、とても独自色の強い作品を選んで推薦作品としていました。

大概の場合、他のメンバーとちょっと違う視点でおすすめ作品選びをしているようで、
「なんでこんな作品をすすめるのかな」
と丸山も不思議に思ってしまうことがよくありました。それでも彼女の説明をいざ聞いてみるとつい肯いてしまう自分をよく発見していました。

こうした普通の人とはちょっと違う視点を持つメンバーは大歓迎です。その場の雰囲気や空気感が変わって、何とも言えない良い状態にしてくれます。ほとんどお酒は飲まないのですが、うり坊の飲み会には必ず参加してくれることも丸山には嬉しいことでした。

結婚してしばらく経って旦那さんが東北に転勤になった。当然一緒に行くことになり、仕事が続けられないので退社しますと報告を受けた。
優秀な人財ほど早く辞めていくのはどこの会社でも同じなのかもしれない。残念。

うり坊な人々⑥
仕入部のバイヤーとしてうり坊のサポートをするようになって、彼らのモチベーションをどう上げるかについても丸山は考えるようになりました。

やはり、大仕掛けにお楽しみを加えればやる気が出るのではないかと考えて、出版社の担当と相談するようなこともしました。

99%の誘拐』を拡販するときには、出版社が持っているディズニーのシーズンチケットを景品として出せないかと交渉したことがあります。

当初は2000冊で仕掛け売りをしませんかと提案されたのですが、景品の話しをして出版社側からOKが出ると、メンバーはがぜんやる気を見せ始めました。すると目標が5000冊にまで跳ね上がりました。

結局この作品は3ヶ月で8000冊以上の実績となり、半年後には累計10000冊をクリアするようなブレイクスルーとなりました。メンバーのやる気によって、こんなにも結果が変わってくるのかつくづくと実感させられました。

こんな場面で何時もがんばるのは高木君でした。高級住宅街の最寄り駅の改札前にある面積の小さい店で、棚一本全面陳列のスタイルを完成させて賞品を獲得しました。

若くして結婚したので、賞品が出るキャンペーンだととても張り切るのでしょうか、その後のチャンスでも賞品をゲットしています。だから、私は彼を賞金稼ぎと呼んでいました。

店長になってうり坊を卒業した村山君も賞金稼ぎと呼んでいました。模造紙風のPOPパネルを作って、ワゴンで展開する手法が彼の拡販スタイルでした。

「○○の皆さんへ」
と題して
「こんないい本があります。絶対におすすめです」
と続く文字だけのPOPパネルで賞品をゲットしていました。

そんな活躍が認められて、店長に昇格できたようです。

店長になって移った店でも「○○○の皆さんへ」のPOPパネルが登場して、その店の新記録を作りました。

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