2015年7月18日土曜日

物語 うり坊とうり坊な人々 1

売りたがり書店員
自分が仕入れた商品がお客さまの目に留まり、お買い上げいただいた時の販売員の喜びは非常に大きなものがあります。

それは書店業界でも同じことで、その喜びを何度も味わいたいがために、おすすめ本にPOPをつけてみたり、陳列の工夫を凝らして目立たせてみたり、書店員はひそかに工夫を凝らしながら仕事自体を楽しんでいます。

書店員のおすすめ本が全国に波及してベストセラーになることがあります。特に文庫新書のジャンルはその傾向が強く、ミリオンセラーになる作品も出ています。
そうしたことがあるから、自分でおすすめ本を発掘して、仕掛けて売ることを好む文庫担当者が多くなったようです。

仕掛け売りが成功すると書店員はもてはやされますので、全国に「売りたがり書店員」は激増しています。彼らは「自店発ベストセラー」の発掘を自分の手で成し遂げることを何よりの大きな目標としています。

文庫新書は雑誌とともに初心者向けのジャンルとみなされていて、新入社員や若手社員が担当することが多いようです。どの書店でもジャンル担当としてのジョブローテーションのスタートは、雑誌か文庫新書になるのではないかと思います。

雑誌や文庫新書には最新のテーマを解説した記事やロングテイルの作品が含まれていて、しかも書店の扱いジャンルのほとんどすべてを網羅しています。そうした作品と接することで、基礎的な知識を吸収できるものと幹部連中も考えているようです。

両ジャンルとも出版社によって毎月新刊が決められた発売日に刊行され、パターン化された配本で自動的に入荷する比較的扱いやすいジャンルです。誰でも出来そうに思えるのだが、実際には奥行きが深く、個人の力量の差が端的に表れるジャンルでもあります。

文庫新書のジャンルを担当している間に、売れ筋の作品やテーマ、著者の傾向をつかむことが出来ますし、販売、仕入、陳列、在庫管理等、書店人としての技術の基礎を固めることも要求されています。

雑誌や文庫新書のジャンルをマスターすると、文芸、ビジネス、人文、その他専門書の担当に移って、書店人としてのキャリア形成をしていきます。

「大仕掛け」
小田急沿線にドミナント出店するローカルチェーンの山村書店でも、文庫新書は新人や若手が担当していました、彼らはそれぞれの店で自分なりの工夫を加えながら品揃えをし、時におすすめ本を独自に仕掛けて売って楽しんでいました。

何時のころなのかはわからないのですが、何人かの文庫新書担当者が集まった時に
「みんなで同じ作品を仕掛けて売ってみようよ」
と盛り上がったそうです。それ以来、定期的に集まって打ち合わせをして、共同で仕掛け売りをするグループができました。

出版社への交渉も中心メンバーがリーダーとなって行っていましたが、規模の小さな店が多くて販売実績のロットが大きくならないからか、大手の出版社の担当者たちにはなかなか相手にしてもらえませんでした。
どちらかというと、話しを聞いてくれたり、商品の搬入に積極的だったりする中堅の出版社の本を選んで仕掛けて売っていたようです。

その後、グループのリーダーが本部のバイヤーに話しを持ち込み、まとめ役をお願いすることになりました。
すると今度は、
「全店で仕掛け売りをしよう」
と盛り上がり、全店規模での仕掛け売りが始まりました。彼らの仕掛け売りは仲間内では「大仕掛け」と命名されました。

その頃の中心的なメンバーは元祖仕掛け売りの達人と言われた三島君でした。彼がいた店で『慟哭』を1000冊以上販売して、同時期に同じような販売実績を上げたB書店グループとY書店グループのメンバーと一緒に業界紙に紹介されたことがあります。

沿線の中核駅の駅前ビルに出店しようとしたとき、市場調査の段階で駅ビル内の書店に仕掛け売りの名手がいることが判明しました。
社内でどう対応するか協議して、「三島君を使って対抗させよう」という結論を出したくらい、周りも認める売りたがり書店員でした。

開店してしばらくすると、「三島のおすすめ」というPOP付きのおすすめ本が売場中に溢れるようになりました。そんなおかげもあって新規出店は良い成績を収めることができました。

うり坊会議
「グループに名前を付けよう」
誰かが話しを切り出して
「売りたがり」
「若手の集まり」
「猪突猛進」
などのキーワードから、彼らのグループの名前が考え出されました。

「わき目もふらずに売りまくる自分たちを、猪突猛進のガキどもと自嘲的にとらえ、猪の子どもになぞらえ、売って、売って、売りまくるぞ」
そういう気概を持つグループとして「うり坊」を名乗ることにしました。
仕入部のバイヤーの元に月に一度集まって、定期的に会合が行われました。彼らはその会合を「うり坊会議」と呼んでいました。

うり坊は社内的には正式に任命されたプロジェクトではなく、あくまでも自主的に集まって活動する小集団です。うり坊の活動が活性化されていく過程で、だんだんと経営陣に存在感が認知されていき、店長に任命されるメンバーも増えていきました。

「仕掛けたものは必ず売る」
「実売部数が重版のロットの規模になる」
こうした実績を積み重ねていくと出版社の認識も改善されて、彼らの活動が信用されるようになっていきました。

チェーン店内の有力店の文庫新書の担当者をうり坊会議に引き込んでいくと、販売実績がどんどん大きくなり、メンバーへの出版社からのアプローチもだんだんと真剣になっていきました。

「大仕掛け」が実績を上げるたびにその情報が各方面に行き渡り、業界内にうり坊会議の活動の認知度が高まり、うり坊メンバーがチェーン店内の文庫新書の中心メンバーと見做されるようになっていきました。

メンバーが店長になったり、他ジャンルの担当になったりすると、彼らはうり坊を卒業していきます。
そうした場合は新たな担当に声をかけてメンバーに加えたり、若手から中堅を担うようになったメンバーにリーダーを任せたりするようになりました。




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