2015年6月1日月曜日

目利きになれ

参考資料 テキストVol.1

01. 売りたがり書店員?

儲けの少ない書店の給料は安く抑えられ、新規採用も従来の正社員から契約社員へシフトする傾向が顕著だと思う。
それでも多くの書店員は元気に働いている。「本が好き」「本に囲まれている雰囲気が好き」だからだ。

書店員はジャンル担当を任されて、そのジャンルの品揃えは基本的に自由に裁量できるはず。自分で仕入れた商品がお客さまの目にとまり、お買い上げいただいた時の喜びは非常に大きいものがある。
その喜びを味わい尽くすために、自分のおすすめしたい商品にPOPをつけてみたり、陳列の工夫を凝らしたりして、商品を売ること自体を楽しんでいる。
おすすめ商品がお客様の支持をいただいてどんどん売れていくと、だんだんその気になっていくので、結果的に売り場にはおすすめ本があふれてくるようになる。

特に仕掛け売りが得意な担当者は大きな仕掛け売りをして、驚くような売上を作ることがある。
書店員のおすすめが全国に波及してベストセラーとなることもあった。これはずいぶん前から断続的に続いている。
だから、どの店で、誰に、何を仕掛けてもらうか決め打ちして売り伸ばすのを、営業戦略のひとつの柱としている出版社もあると聞いている。

仕掛け売りが成功すると書店員はもてはやされることが多い。そんなことから全国に「売りたがり書店員は激増している。
売りたがり書店員は、「書店発ベストセラーの発掘」を自分の手で成し遂げることを、何よりも大きな目標としている。

日々発行される新刊のタイトルや著者、装丁をチェックして、一冊一冊について売れそう、売れなさそうと判断する。
売れそうと感じたり、面白そうと感じたり、これは売りたいと判断すれば、大きな数を仕入れて一等地に展開し、POPを工夫して仕掛け売りに走る。
おすすめ商品は基本的には書店員の売りたい気持ち、あるいは、お客さまに紹介したい強い思いで決まるようだが、陳列の仕方やボリューム感の出し方、POPやパネルの工夫も日々進化していて、常に新しい方法が模索されている。



02 目利きになれ

70年代に入社した会社で私は書店人としてのバックボーンをつくることができた。そこは人材を人財と呼んで社員教育に力を注ぐ経営者がいて、本部スタッフも研究熱心だったし、新しいことにチャレンジする組織風土もあった。
入社して、最初に上司から言われたのは『一流の商売人になれ』という言葉だった。
「店は一流、働く人間も一流でなくてはいけない。とりあえず当面の目標としては、他の書店から引き抜かれるくらいの人財になれ」
というふうにも言われた。そして、
「一流の商売人はみんな『目利き』なんだ」
という言葉がとくに印象に残った。

入社して数か月たったある日、新刊の注文数字を入れるために岩波書店の新刊案内が回ってきた。何気なくページをめくってみたらびっくり。現代選書「組織の限界」ケネス・J・アロー著の欄に300という数字が入っていた。
買い切り商品で返品ができないと教えてもらったばかりの岩波書店の新刊なのに。犯人は売場課長だった。理由を聞いてみても、ただ一言「売れるよ、これは」と言うだけ。

発売されてから商品の様子を見ているとやっぱり売れている。300冊では足りないかもしれないくらいのいい動きだった。駆け出しの新人にはこの商品がなぜ売れるのかわからない。
新刊でも、既刊でも、高単価でも、買い切りでも、仕入れ条件がどうあれ、売れるものをきちんと仕入れることができる人は凄い。

ブルーバックスの「ブラックホール」が刊行されたとき、文芸の担当が事前に動いて500冊手配して文芸書の新刊コーナーで売ってしまった。驚くほどの売れ行きで週間ベストの第一位の座を何週か独占し続けた。
ブルーバックスは自然科学のジャンルに置かれているので、彼の担当ではないのだが、売れると感じれば容赦なく動いて商品を手配して売ってしまう。それが当たり前の時代だった。「売れるものがわかる」と簡単に一言で言い表してもその奥は深い。
立地条件の劣る自然科学のジャンルで売るのと、店の一等地で売るのとでは圧倒的に販売数が違ってくる。販売数量の比較で店のランク付けが決定されてしまうとき、こうした売り方も意図的にしなくてはならないものだったのかもしれない。

担当ジャンルの知識を習得するにはたくさん時間がかかるのに、「旬なテーマ、売れる作品のテーマは何なのか」を常に意識して、ジャンルを超えてアンテナを張り、情報収集をする。そこで得た知識を仕入れに活かし販売実績をつくる。担当ジャンルのきめ細かな深い知識と、ジャンルを超えて旬なテーマを見分ける感性を併せ持つ。そんなすご技が目利きには要求される。

03在庫の3倍の商品知識を持て

入社当時の文芸担当は50代のベテランで、出版社の編集者が著者を連れて会いに来るような人だった。相談に来た著者の作品が文学賞を取ったと聞いてびっくりしたことがある。
毎日入荷する商品をテキパキと的確に処理していく。どの場所に何を陳列するのか常に頭の中で整理されていて、商品を並べる順に必要な量だけ台車に積んでいき、よどみなく陳列作業は進んでいく。

「売れるものを売れるように売る」
「売れるものは絶対品切れを起こさない」
こうした考えに基づいた仕事の仕方は徹底されていて、商品陳列の配置の組み合わせは絶妙だった。売れ筋商品を並べるエンド平台は時間が経つにつれて、自然と奥が高く手前が低くなっていく。売れる商品が手前に置かれていると自然とそうなると言っていた。
たまにお遊びで、平らに置いた平台の中ほどの商品を二冊分ほど低くして様子を見る。「人間にはのぞき見趣味が必ずあるので、一つだけ低くしておくと、目が自然とそこにいき、『なんでこれだけ低いのかな?』『もしかして売れているのかな?』と勘繰って、手に取ってくれる人が必ず出てくるんだ」ととぼけていた。
当時は可能な限りベテラン社員の傍にいて、一言、ひと言漏れてくるうんちくのある言葉を拾って納得していた。

入社して3年目にあこがれていた文芸書の担当の後任にしてもらった。その時、上司に言われたのは、
「文芸書担当者は店の在庫の3倍の商品を知って初めて一人前だ。だから雑誌にも目を通して新しい商品の動きに気をつけなさい」
という言葉だった。
新潮、文学界、群像、小説現代、小説新潮などの文芸雑誌には必ず目を通したし、作家事典や文学史の本を買って作家の代表作や文学史の流れを勉強した。

「店頭の在庫は、数限りない本の一部に過ぎません。お客さまが欲しがるような商品を選んで揃えるのがあなたの仕事です。出版社から届いたものを、ただ並べるだけではあなたは必要ありません」
「お客さまのニーズに合わせて商品を選べということでしょうか」
「そう、少なくとも店の在庫の3倍以上の商品の中から、お客さまのご要望に合わせて、必要な商品を選ばなければならない。そのためにも商品知識を身につけなさい」

こんな会話の後で、商品知識が必要なことがストーンと納得できた。

04 表紙が売ってくれって言っている

新刊は事前注文がきちんとできて必要量が確保できていれば、追加注文で苦労することはないはずなのだが、新刊案内の説明文だけでは判断できないことも多い。
実際に商品を見て、「これは売れるぞ!」とか「売れるかも」と感じることはとても重要なことだと思う。
新刊案内を見て事前注文の段階では20冊だと思っても、表紙を見たとたんに、これは100冊だと判断を変えることも不思議ではない。

リーダーが公休日、「売れそうなものがあったら注文しておいて」と言われて、新刊検品に立ち会った。そこで、大岡昇平の「少年」という本に出合った。
表紙を見たとたんに、「これは売れる」とインスピレーションが湧いて、「表紙が売ってくれと言っている」ように感じてしまった。
他の商品には興味がなくなって、新刊検品はそっちのけで即座に出版社に電話注文をしてしまった。

新刊検品が終わって、「少年」を新刊コーナーの最前列の一番左側に、「売れるように」と願って積んだ。さっそくその日に売れた。翌日も売れている。
そして初回配本の50冊が売り切れる前に電話した追加注文が入荷した。やったー!
インスピレーションも注文数も間違っていなかった。自分の判断でした初めての仕入は大成功だった。

しかし、初めての注文の成功で舞い上がってしまった私は、次の重版分の注文のタイミングを逃してしまい、一回重版を飛ばされて、一時期、品切れをさせてしまった。
「初回配本、配本残の手持在庫、最初の重版をきちんと手配し、二度目、三度目の重版のたびに適度な数量で仕入れをして、品切れさせることなく販売を続けていく。それが仕入技術だ。一度にまとめて商品確保して、一度や二度の重版は飛ばしても品切れを起こさない、というような仕入れはプロフェッショナルな仕入れとはいえない」先輩の説教を喰らってしまった。

表紙を見た瞬間に無意識のうちに装幀の良さを感じて、『売れそうな感じ』がしたのかもしれない。その気分が高じて『表紙が売ってくれって言っている』と思ってしまうのかもしれない。

売れそうな感じをさせてくれる作品は「売りたい」と思うし、どうしたら売れるのか売り方を工夫したくなってしまう。店頭の一等地で大展開する作品の中にはこうした雰囲気を感じさせてくれる作品が多い。





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