2015年6月20日土曜日

私のミリオンセラー計画 8

 7.  中間報告会

 報告会
〈…これで今日の店回りは終わり〉
駅へと向かう途中、靖子はぼんやりと考えていた。
〈ちょっとお茶して帰ろう〉

駅前のスターバックスに入るとカフェラテを注文し、空いている椅子へと座る。
ふと、鞄からノートを取り出す。パラパラとめくっていくうちに、「ミリオンセラー計画報告会」という見出しが目に留まった。

…5月13日、木曜日。5回目となったその日の丸山塾では、ミリオンセラー計画の中間報告会が行われた。
中間報告会では山本が最初に報告をした。
『相部屋』は10万部計画だった。昨年と同じく女性作家の女性を主人公としたミステリー作品だ。新宿の店の文庫担当者が独自のPOPで売り伸ばしをしてくれた。それで重版が決まった経緯があった。拠点づくりは昨年の仕掛け売りの実績を参考にして決定した。

100冊展開をしてくれた店舗が約50店、そのうちの20店舗が300冊以上の実績を上げている。また、駅前立地の店や鉄道系の書店に販促をかけてみたところひと月で60%以上の消化率が取れた。

丸山のチェーンでは塾生の店から勢いがついていった。特にA店ではいい数字が取れた。その数字を持ってC店に営業をかけ、そこでもA店と遜色のない売上が取れた。
複数の店で強い売上を作れると全店展開がしやすくなるらしく、本部に話を持っていくと全店分の注文をくれた。法人会でも積極的に取り上げてくれる店が多くて、順調に売上を作っていった。

2月に新宿の店のPOPのコピーを帯に刷りこんで2万部重版して以来、売上が好調で3月にも2万部、4月には4万部の重版ができて、累計で10万部を突破することができた。
今後は同著者の改装本や復刊を予定している作品があり、それら4作品で50万部をめざす。

質問では、最初に丸山から声がかかった。
「広告はどんな感じで出されたのですか」
「はい、3月25日新刊の広告枠の4分の1、4月19日読売新聞で全5段広告、5月10日朝日新聞の広告枠の4分の1を使って広告しました。都合3回です」

「反響はどうでしたか」
「思っていたほどの反響がなくてちょっと困ってしまいました」
「私も広告を見ましたが、『相部屋』1点での広告じゃなかった。その点が物足りないと感じたんだが、会社の都合だからしょうがないね。それでも10万部できちゃうって面白い現象だね」
「店を回って担当者と話し込んで、たくさん注文をいただくことができたのが最大の要因だと思います」

「同著者の4作品で50万部か。10万部からさらに計画が大きくなって私もうれしいよ。でも、10万部がミリオンセラーのスタートだから、これはあくまでも途中経過ですよ。パブに載せられれば、まだまだ売り伸ばしはできるはずだよ。その辺も頑張ってください。まあ、何はともあれ、おめでとうございます」

次に靖子が質問した。
「質問させてください。仕掛け売りの拠点はどのようにして決められたのですか」
「はい、今回は新宿の店の方に独自のPOPで売り伸ばしていただいたのがきっかけになっていました。昨年もある駅系の書店さんから始まったものですし、拠点となってくれた店には話しやすかったこともあって、同じような店でいいのかなと思って販促活動に行きました」
「昨年の実績をもとに営業活動をされて、2年連続での10万部超え。おめでとうございます」


 靖子の報告
次に、靖子が大ブレイクした『カント』の途中経過を説明した。
発売直後からブレイク、最速で10万部を突破した『カント』の狙いは、E社初のミリオンセラーを作ることだった。現在40万部を突破し、今月末には50万部突破の予定だ。

しかし組織化の話になると、靖子は苦笑した。営業部のメンバー一人ひとりが店を回り、それぞれが店の担当者と協力して頑張っていたが、それだけでは限界を感じて丸山に相談した。
「仲間を誘ってチームを作り、アイデアを出し合いなさい」
とアドバイスされ、ようやく先月、プロジェクトチームが発足した。編集から1名、営業から2名、社長室から1名の4名体制だ。

拠点づくりは首都圏と関西圏の大型店を中心に、ボリュームある陳列を目指して営業活動が行われていた。一等地での大展開にはどの店も好意的で、300冊以上販売している店が約100店舗ある。こうした大型店中心の仕掛け売り展開の結果、10万部まで刷り伸ばせたと判断していた。

パブリシティ的には、新聞広告以上にテレビ番組の効果が顕著だった。『王様のブランチ』と『おはよう日本』の効果は大きかった。それは丸山からもらった日別売上推移グラフにはっきりと出ていた。チェーン全体の売上が1日50冊から、放送後一挙に100冊へと倍増したケースがあったのだ。
特に『王様のブランチ』は、最初に書店員さんのお勧めコーナーで取り上げられただけに、靖子もとりわけ感謝している。

パブリシティ効果によって強烈な重版がかけられて、全国的に大量の商品が配送されていった中で、いままで取引口座のなかったナショナルチェーンも重い腰を上げて、ようやく口座が開設された。これも営業部の中ではビックニュースだった。

計画開始からこれまでの刷り部数の推移は、初版1万8千部、1月中に6万8千部、2月までに累計10万部、3月までに累計20万部、4月までに累計40万部となっている。 倍増で推移しており、今月中に50万部が達成できる見込みだった。

質問では、酒井の手が挙がった。彼はこの日、積極的だった。
「…最初に『王様のブランチ』の、書店員さんのお勧めのコーナーで紹介されたとありますが、どんな経緯でそうなったのかを教えていただけますか?」
酒井の質問は鋭かった。出版の世界では、編集者も営業マンも、その部分についてはあまりオープンにしたがらない。山本が私も聞きたいと言った。

「新刊の申し込みの時点で100冊の注文をいただきましたので、私も飾り付けやPOP書きに伺いました。ボリューム感たっぷりで積んだら、良く売れていったようです。そこに番組の方がたまたまいらして、その陳列状況を見たらしいのです。何でカント関連の本がこんなに積んであるのか、不思議に思ったそうです。ちなみにその店の週刊ベスト表示でも1位になっていましたので、その書店員さんとお話をされ、納得されたようです。取り上げられたきっかけは、そこでしょうか」

「たまたま、なんですか?」
酒井がさらに尋ねると、そう聞いていますと靖子は答えた。

「…まあ六本木は、テレビ番組のスタッフたちが日夜通う場所ですから、スタッフがふらっと寄ることもあるでしょう。当然、彼らも書店をチェックします。そこで目に留まって興味深く感じられたのでしょうか」
丸山が靖子をフォローした。酒井はいまいち納得していない表情だ。自分の営業のやり方を模索しているのだろう。

丸山が続けた。
「芳川さんのやり方は、一等地での展開でボリューム感たっぷりの商品展開、プラス飾り付けが基本です。中でもPOPには力を注いでいます。今回の『カント』ではリボンと小さな造花がポイントでした。その結果、プレゼント需要も掘り起こしたように思います。商品力、ディスプレイ、POPという三位一体の力で売上を伸ばしていくのが、芳川さんの販売促進手法ですね。店頭こそ最大の広告と言っているように、そのあたりは徹底して力を入れています。その仕組みが機能すると売上が大きくなり、その結果、大量部数の追加注文へとつながります」
「…知らないうちに自分を分析されちゃいました」

今度はW出版の長谷川が挙手した。
「色々なテレビ番組で何度も紹介されていますが、どんな取り組みをされたんですか?」
この質問も興味深い。うーんと考えながら芳川が、私というよりも、これは会社としての感想ですが、と断った。

「…番組が向こうからやってきた、というのが正直な感想だと思います。新聞の書評欄へは献本もしましたが、もともと、今なぜカントがという疑問が多くて、しかもめちゃくちゃ売れていましたから、不思議に思ったテレビの方々が興味を覚えて取材がきてしまった、としか言いようがないんですよ」
「ラッキーですねえ。僕たちと随分違う。僕たちは企画を考えて、それを持ち込んで番組にするような仕掛けでしたから」

すかさず丸山が、長谷川さん、それはケースバイケースでしょうと反応した。
「売れている状態がテレビ番組のスタッフにわかれば、そして、それが面白いテーマだと判断すれば、取材もくると思います。今回は経済の破綻からすべてが始まっていますから、ビジネスマンの側にも哲学に対する興味が大きくなっているのではないだろうか。何でもいいから金を稼げ、金を稼いだ奴が偉いんだ、という考え方が台頭した中で経済が破綻したら、それを強欲資本主義と捉えて反省の気分が出てきた。そして今度は、どう生きればいいのか、という根本的な疑問が生まれたのだろうと思う。そこで哲学の出番がやって来たんじゃないかな」

長谷川も頷いた。売れている状態がわかること。それは本当に重要だった。


長谷川の説明
3番目の説明者は、その長谷川だった。
30万部計画にしようと決めた長谷川は、先行して売れ始めた作品を研究した。
その結果、まずパブリシティに載りやすい商材を探すことから始めた。

当初、候補は社内で3つ挙がった。書評に取り上げられ、TV番組で紹介されやすい内容を持っている作品がなかなか見つからなかったが、ようやく1月発売のこの本がぴたりと条件に当てはまると考え、計画として取り上げた。

ミリオンセラーなんて遥か彼方の目標だったことから、当面は現実味のある30万部計画でスタートした『ダイエット食堂』だったが、なんと現時点で42万部を超え、すでに目標を達成。次は50万部を目指しているそうだ。

「…うちの係は5人しかいませんので、全員で協力して当たることにしました。担当編集者にも、色々と知恵を借りています。パブリシティに載りやすい商材ですから、全員で手分けして、各方面に当たる必要がありました。その結果、必然的に全員で計画を実施することになりました」
長谷川は、しかしここまでになるとは思いませんでしたと、嬉しそうだった。

『ダイエット食堂』は2月に朝日新聞の生活欄に記事として紹介された。その新聞記事のコピーを持って、営業部は拠点作りを始めた。
どの客層にマッチするかを調べるため、①街中店、②オフィス街店、③郊外店(東京近郊店)と、3パターンに分類し、そこから仕掛け売りの店を選び、その店のランキングに入れていくような営業をスタートさせた。

一番顕著な効果があったのは街中店だった。しかも女性客の多い店。

次にチェーン店への広がりを持たせるために、実用書の強い書店二社にアプローチした。ともに動きが好調で、1000冊からスタートしたが追加を重ね、5000冊送品で販売が2300冊、というような実績が出た。その結果、それぞれのチェーン店で家庭料理部門第Ⅰ位、料理部門第Ⅰ位にランキング入りした。

この2社の実績をもとに、営業部はナショナルチェーンへの販促をかけ、キーになる店舗3~5店舗での100冊以上の展開をお願いした。当初は60店舗以上が100冊以上の展開に応じ、300冊以上を販売する店舗はその時点で10店舗くらいだった。

長谷川たちが拠点作りで留意したのは、次の4点だった。
 1 客層がマッチしているところでは、必ず実用書部門で一位を取る
 2 掲載された雑誌や新聞記事は、どんなに小さなものでもPOPにして配布する
3 アイキャッチとして、小型の健康機器を一緒にディスプレイする
4 売れている店舗の写真を撮って、他店に見せて回る
これらは営業部全員による確認事項で、全員が共通して行うようにした。

広告は朝日新聞から始めたが、4月からはランキング1位のチェーン店名や個店名を入れた広告を掲載するようになった。ただし、テレビ番組での取り上げと前後して掲出していたこともあり、どちらの効果なのかがつかみ切れていない。いずれにせよ、相乗効果があったことは間違いない。

そのテレビだが、どういう切り口なら取り上げてもらえるのか、番組の構成も含めて提案し、企画書にしてテレビ局に持参した。番組によって切り口を変えないと取り上げてくれないと、長谷川が語る。

だからレシピの分析なのか、ダイエットがメインなのか、 その番組ごとに細かな違いを付けて企画書を作った『ダイエット食堂』は、その結果、面白いように取り上げられる状態が続いた。
計画開始から現在までの刷り部数は、初版1万5千からスタートして、現時点で42万部。

今後、話題性作りのために行う実施項目は、以下の通り。
 1 テレビ番組への企画書の提案の継続
2 切り口を変えて二度目の取り上げ提案
3 総合ランキングでも一位が出始めているので、書店の一等地での展開のお願い
4 他社の社員食堂への提案から新聞やテレビ番組での取り扱いを狙った企画提案
料理の本で3月末から番組で紹介されっぱなしだった結果、1カ月ちょっとで30万部というのは、恐ろしい状態だと言わざるを得ない。Ⅰ日1万部程度刷っていることになるからだ。
『カント』も4月が最大の売上だったが、『ダイエット食堂』も同じだったとは、靖子には何だか不思議な感じがした。山本の『相部屋』にしても4月が最大の刷り部数だった。

…しかもこの月、「カント」と「ダイエット食堂」の2冊で50万部も刷ったわけですね。
丸山塾のミリオンセラー計画が、一気に開花した気分になってきた。


質疑応答
「お疲れさまでした。質問はありませんか?」丸山が尋ねると、珍しく山中が手を挙げた。
「…最初に街中店、オフィス街店、東京近郊店と、3つに分けて取り組まれたそうですが、どうしてそのようにされたんですか?」

「まず、顧客対象がどうなのかを、はっきりさせたいと思いました。だから3種類の立地条件に分けて、いわばテストしようと考えたのです。顧客対象が一番合い、実績が一番大きかったのは街中店の女性客が多い店でした。オフィス街でも東京近郊でも、数字は悪くなかったのでどこでも売れるだろうなという印象はありましたが、女性客の多い店のほうがやっぱり売れる、という結論に達しました。対象顧客がそこまではっきり見えてきましたので、拡販の道筋が自然と決まり、実用書の強いチェーン店に次のターゲットを絞ることにしたわけです」

「つまり、意図的な拠点作りに取り組まれたということですか?」
「そうです。確かにそれなりに売れている商材だったので、万遍なく平等に商品を案内する方法もあったと思います。しかし、私たちのチームはベストセラー作りのストーリーをまず作り、その通りにやってみようという意見が強かったものですから」

「うちのチェーン店に最初に声がかからなかったという不満は、どうしても残るけどね」
すかさず丸山がぼやくと、長谷川は慌てて「す、すみませんでした」と平謝りだった。
「30万部計画のストーリーは、先に売れていた作品の事例を参考に作ったのですが、そもそも商品の性格が違いますから、実用書系の強い店からどうしてもスタートせざるを得ませんでした」

すると「冗談ですよ」と丸山は笑いながら、でも次は宜しくと目が真剣だったのを、靖子は覚えている。
しかし、番組の企画書まで作るとは…。切り口を変えて、あちこちの番組に持って行くという発想も面白かった。みんなで話し合っている時に出た意見を、それぞれが企画書にまとめたそうだ。ダイエット法としての活用、レシピの分析、食材の分析、調理法などという切り口を、それぞれが違う番組に持って行ったことになる。
正直、凄い。

あれだけテレビ番組に取り上げられた秘密が、ここで一つ明かされた気がした。この手法はE社でも使える。


次は山岡の報告だった。
『マネジメントの力』は怖いほどの売れ行きだった。計画開始から現在までの刷り部数の推移は、3月までに25万部、4月に20万部加えて45万部、今月初めに6万部を刷った結果、現在は51万部。恐ろしい推移だった。

各メディアに掲載されたパブリシティは専用ホームページに掲載されているが、それも書ききれないような状態だった。その中で特に強力だったパブリシティは、導火線になった「ベストセラーの裏側」「売れてる本」、それに全5段広告だった。
TV番組では『王様のブランチ』『クローズアップ現代』が大きな売上を作ってくれた。
それにしても…。この一連のパブリシティの流れはカントと共通している部分が非常に多い。

拠点ができなかったら拡販へとつながらない。
本屋大賞は一位をとらないとその影響力を行使できない。
他部署との連携ができなければ、重版のタイミングもロットも厳しくなる。
ベストセラー化のためには「今売れている状況」を確認できる商材でスタートすべし。
一人で動くのではなく組織化することでアウトプットが大きくなる。

売れる予感がしたものを取り上げることが最も成功に近づく秘訣。
各自がそれぞれ経験した様々な情報を持ち寄り、発表し、5回目の丸山塾は終わった。

〈さてと、会社に戻ろうかな〉
ノートを鞄にしまってスタバを出ると、靖子は速足で駅の改札口へと向かった。


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