2015年6月15日月曜日

私のミリオンセラー計画 4

 3.  計画の発表 1

二回目の会合
2月19日、丸山塾当日。一番乗りだろうと勇み、20分ほど早めに喫茶店に着いた靖子の前には、すでに到着してコーヒーを飲んでいる山本がいた。
ちょっとがっかり気味の靖子は山本に話しかけた。

「山本さん、注目されている本があるみたいですね」
「いやいや、色々ありましてね。それはそうとカント、売れているみたいですね。書店に行くと大きな展開をされているところが多いみたいですし」
「まだまだです」
靖子が真剣な表情になると、山本が一瞬たじろいだような顔をした。

丸山が全員集まったことを確認した上で話し始めた。前回は新年会だけだったW出版の長谷川の顔も見える。

「皆さんお揃いのようですから第2回目の丸山塾を始めます。今回のテーマは囲い込みの技術です。皆さんが宿題の『私のミリオンセラー計画』を実践していく上で重要になってくるのが企画の推進母体をつくることだと思います。上司や同僚、取次の方々、あなた方が店を回る時に接する書店員、これらの方々をいかに味方につけるかがこの囲い込みん技術にかかっています。私がここ数年行ったこと、接したベテラン営業担当から学んだことなどをテキストとしてまとめてみました。薫ちゃんよろしく…」

丸山から声がかかった山中がテキストを配布し、その後40分ぐらいで朗読を終了した。朗読というのも結構大変な仕事だな、山中さんとても頑張っていると靖子は感心した。

「質問はありますか?」
朗読終了後の丸山の声に素早く小泉が反応した。
「随分、色々なことをされているようですが、出版社への訪問はどれくらいの規模で行ってらっしゃるのですか?」

「全店大仕掛けや文庫ダービーの時に行きましたが、本部から2名、店から4~5名で、合計すると6~7名が4日間かけて、15~16社ほど訪問しました。業務があるので店からの参加者は日替わりでしたが、我々本部スタッフは毎日でした。夏の暑い盛りでもあり相当疲れました」

「訪問の主な目的は何ですか?」
「最初は仕掛け売りの推薦作品を選んでいただきたくて協力をお願いに行きました。文庫大賞の時には、メンバーが出版社ごとに入れ替わって企画の説明をして、出版社推薦作品のノミネートをお願いしました。ノミネート作品を何にするかというお話では、出版社の社内から何人もの方が出て来られました。『へえ、こんなにたくさんの人が関心を持っているんだ』というのが、訪問メンバーたちの率直な感想だったと聞いています」

普段、書店員と接しているのは出版社の中でも一部の人間だけ。丸山が続ける。
「訪問メンバーの声で大きかったのは、配本や重版を決める文庫販売部の方々の熱意に驚かされたという点だった。普段接している営業担当者は、我が社の担当ではあっても、必ずしも文庫の担当じゃない方がたくさんいます。だから実際に文庫担当者と話をすると、彼らはそれが飯の種ですから、当然、自社本については詳しい。書店担当でなければ、普段は書店員と会いません。だからそういう機会にお会いすると、思いのたけをぶちまけてしまう。そんな雰囲気が感じられました。熱い言葉が多かったですよ」

テキストの中にカリスマ書店員の組織化という言葉があった。説明文の中にも「販売研究会という名の勉強会が役立っている」と書かれている。どんな勉強会だろうか。丸山もカリスマとして参加しているのだろうか。興味津津な靖子も手を挙げた。

「この販売研究会には、丸山さんも参加されているんですか?」
いや、私はカリスマ書店員じゃないからねと丸山が苦笑すると、笑いが漏れた。
「話は色々と聞いております。彼らに発売前の本のゲラを読んでもらい、賛否両論のコメントや初回の希望数などを聞いているそうです。そのコメントは名前入りで広告に使われたりしているようです。そんな風に活躍するカリスマ書店員は何人か事前に決まっているようなんです」
〈そういうことですか…組織化という意味は〉

「出版社は当然、彼らの希望数通りに配本します。そしてその人たちにたくさん売ってもらい、その人たちの店を拠点として売れ行き動向をチェックし、徐々に売り伸ばしていくやり方をします。売り伸ばしが成功すると書店員も喜ぶし、それが『本屋大賞』のメンバーだったりすると大賞の可能性も出てきますからね」
 今日のテーマが人、つまりいかにして他者を巻き込むかという人脈作りの話なだけに、靖子は腑に落ちた。E社に限らず、書店の方々にも積極的に加わって欲しい。協力体制を強固にしたい。

計画の説明
「…他に質問がなければ、提出していただいた宿題について、一人ずつ説明をしていただきたいと思います。6人の方から提出していただきました。山本さんからでよろしいですか?」

はいと返事をし、小さな咳払いをすると、山本は説明を始めた。
「私の場合、ミリオンセラーはとても想像がつきませんでしたので、既刊本の売り伸ばしを提案したいと思います。昨年、駅系の書店さんに火付け役になっていただき、半年で16万部に到達した文庫がありました。女性作家による女性が主人公のミステリーです。今年も同じ枠組みで、女性作家で女性を主人公にしたミステリーを拡販したいと考えました」
山本の説明はこうだ。

新宿の書店で仕掛けて売った本がぴたりとそれに当てはまった。その本は発売から1年で5千冊の売上だったが、重版もなく、手つかずの状態が続いていた。
そんな埋もれてしまっていた作品を、昨年10月から新宿の店の文庫担当者に手書きPOPをつけて仕掛け販売をしてもらったところ、10月、11月の2カ月で75冊の実績だった。その結果を持って全国の10店舗で仕掛け売りを始めた。

今年の2月には新宿の店担当者のPOPのコメントを入れた帯を制作、帯付きで重版した。同時にFAX通信で注文を吸い上げ、全国で1万冊の受注を達成したが、このままいけば点と点の展開で面にならない可能性がある…。
「…そこで、どこかのお店で突出した実績を作りたいと考えました。牽引できるチェーン店で仕掛け販売を実施して、強い販売実績のデータを作りたいと思います。通勤や通学の際に読める手ごろな内容です。ぜひ丸山さんの店で仕掛け販売の実績を作りたいのです。よろしくお願いします」


 丸山の反応
簡単な説明だったが、丸山の反応は意外なほど早かった。
「山本さん、これはミリオンセラー計画ではないですね。拡大解釈すると、10万部レベルの作家を育てて、10作品で累計ミリオンを狙うパターンのように思えます。違いますか?」
すると山本は、そうですと舌を出した。シリーズとしてのミリオンセラー達成というのも、営業ベース、つまり経営ベースではありなのだ。

「仕掛け売りの得意な店は数多くあります。駅系の書店や街中店でも、仕掛け売りの好きな担当者はたくさんいます。ただし、単にお願いするだけではちょっと弱いでしょう。自分で積極的に拡販が可能な体制をどう作るかが、彼らが動く決め手となります。ミリオンセラー計画は10万部計画のストーリーの先にあるものが問題なんです。しかしながらこの素材も、売る気になる人を探し当てることができれば可能性がありますよ」
 はいと答えた山本は、お願いしますと営業に入っている。丸山さん、苦笑です。

「わが社でも仕掛け売りで大きな売上を作る余地がある店が何店舗かあります。それらの店の担当者を売る気にさせることができれば、計画をスタートさせることができると思いますし、他のチェーン店にも波及させることができるでしょう」
「そうなんですか、是非売り伸ばしをお願いしたいです」

「ただ、書店員の中には他人が仕掛け売りして成功した本を仕掛けるのを嫌う担当者もいます。そのあたりは山本さんなりの営業トークで、上手に味方に引き入れることをお勧めします。さらに大きな部数に飛躍させたいとすれば、パブリシティに取り上げてもらえるかどうかが勝負の分かれ目になるでしょう」
その辺の営業トークは大切だと靖子も思っている。

「それから、書評に取り上げていただくための仕掛けなどを考えた方がいいのではないでしょうか? 特定の店でベストテンに入ると、かなりの確率で取り上げられるチャンスが増えます。書評コーナーの担当者も書店を回って商品の展開を見ているし、売れ行きには敏感です。店のベストテンコーナーの銘柄もチェックしていますよ」
それは出版社の営業マンたちや編集者たちも同じだ。

「その先を言えば、テレビドラマ化や映画化されると文庫は大きな部数が期待できます。そこまで考慮して実施項目を作ることができれば、ミリオンセラー計画となります。山本さんの場合、とてもきれいなシートだったから赤字を入れにくくて…別シートを作って私なりの意見を述べさせていただきました。参考にしてください」
「ありがとうございました」
山本が丁寧に一礼した。

山本は前年の事例を参考に、女性作家で女性を主人公にしたミステリーという枠組みで商品を選び、前年と同じように拠点を作って売り伸ばそうとしている。この方式ならと確信している。そして、それを雪中書店で実現したいのだ。
ただし、丸山が出版社から依頼された時の反応は、何種類かのパターンにわかれるらしい。靖子もそんな情報を得ていた。山本さん、何とかしなくては…丸山の反応によって売上が大きく変わってしまう。


靖子の計画
ふと丸山の声が聞こえた。
「次は芳川さん、お願いします」
「はい。私は『カント』を選びました。Ⅰ月の新刊なのですが発売直後からブレイクしています。弊社では史上最速で10万部を突破しました。これはあくまでも社内比較ですが、良く売れた既刊と刷り部数を比較したところ、累計で30万部まで伸びた本は発売2カ月で2万8000部でした。『カント』の初速の凄まじさがおわかりになるかと思います」

「当たり。しかしカント、凄まじい売れ行きだね。ついこの間、出たばかりなのに」
丸山が口を挟んだ。靖子の説明が続く…

ミリオンセラーへのシナリオは、フェーズ1からフェーズ6まで考えました。
フェーズ1では東京、大阪の主要都市で大規模に展開して、大型店でベストテンにランキング入りをします。そのレベルで10万部を狙います。今現在がこの時点です。
フェーズ2では、メディアに紹介され続け、話題になります。考えられるパブリシティは九つ挙げてあります。ここまで、3カ月で20万部に到達です。

フェーズ3では、大きな広告出稿と同時に、著名人の紹介などから地方で火がつきます。販売ディスプレイコンテストで全国がカント色に染まります。ここまで、4カ月で30万部を突破します。
フェーズ4では、全国一の書店での販売コンペ商品に指定していただき、他のチェーン店でも販売を競う傾向が強まります。ここまで、9カ月で50万部を突破します。

フェーズ5では、続編を発売します。2点合わせて一等地での展開で、さらに売上が伸びます。ここまで、発売から1年で70万部に到達します。
フェーズ6では、誰もが知っているベストセラーになります。ここまで、1年3カ月でミリオンセラーです。このようなストーリーでミリオンセラーを達成します。

期間を区切って実施項目と目標部数を設定しているのが今回の計画書の目玉だ。
丸山さんがどう評価してくれるのか楽しみだ。


質疑応答
「発売1カ月で10万部とは凄いですね。ただ気になるのは、どこで売れているのか、誰に売れているのか、なぜ売れているのか、この計画書を見るだけでは私にはとらえられませんでした。見るだけで理解できるようにすることも計画書づくりの基本で、大切なことです。売れている理由を把握して、どこまで売上を伸ばすことができるのか、実際に売り伸ばせる見通しを持てるのであれば、ミリオンセラーを狙えると思います」

…辛口ですね丸山さん。素直に認めてくれないんだ。でも、売り伸ばせる見通しは持てていますよ。

「私が知っている範囲でミリオンセラーになった本の最短重版速度は週5万部、1カ月で20万部を5カ月間続けました。最初の1カ月で10万部なら、2カ月で30万がいけるのでは? プロモーションで最も重要なのは、重版のタイミングと量です。聞くところによると、この前の重版はⅠ万部だったとか。わが社のデータで週300冊以上売れていれば、全国的には週3万冊以上売れているはずです。Ⅰ万部じゃとても足りませんよ」

丸山が数字を並べて問いただすと、重版を決める立場ではない靖子は弱ったような顔を見せた。
「実は…お恥ずかしい話ですが、紙の手配ができなくてⅠ万部だったようです。確かに商品供給できないと、売れるものも売れませんよね」
靖子も納得している。
紙の手配ができなくて刷り部数が減ってしまったのは確かに残念だった。

「売上速度をよく見極めて、それに合わせた重版をしないと意味がないですよ。仕掛け的なプロモーションに連動した売上が期待できるのに、重版時の的確な部数判断ができないと、継続的な売上を作ることができません」
「はい。気をつけます」

「もう一つ。パブリシティを9種類挙げていますが、テレビ番組が少な過ぎます。朝のワイドショーや夕方のニュース番組、夜の報道番組で取り上げられると売上が跳ねますよ。影響力の強さから言えば、テレビのほうがまだ大きいのでは?」 
確かにそれは分かっていることなんですがルートがなかなか難しくて…

「例えば『王様のブランチ』では、ベストセラーランキングに登場するだけで大きな意味があります。番組にデータが取り上げられやすい書店でランキング入りすると、テレビに映る可能性が高まります。それを最初から狙い、そのような店でランキング入りするように対策を練っている出版社が増えています。こちらも赤字を入れたものをお返しします」

「はい、ありがとうございます。実は計画書を出した後でさっそく『王様のブランチ』に登場してしまいまして、その反響の大きさは戸惑うばかりでした。これからもTV番組にもプレスリリースを続けていくと編集者が言っていました」

「期間を設定して、フェーズごとに部数を割っていくやり方はよかった。多分他のメンバーに参考になったと思うよ」と言って丸山はにっこり笑いながら朱入りの計画書を靖子に手渡してくれた。
 
他のメンバーの目つきが変わった。自分の計画書に対する意見だけでなく、人の計画書に対する評価を聞くことって、結構ためになるかもしれない。

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