2015年6月14日日曜日

斉藤塾 第一講義テキスト 2010

     第一講義テキスト

    売り伸ばしの技術

10万部計画やりませんか?
2006年6月30日。出版社の営業部長と営業マンが私を訪ねてきた。2人とは別の出版社の担当だったころから懇意にしていた。チェーン本部のバイヤーに私が復活したので喜んで会いに来たそうだ。
そして、発売以来好調に推移している『人は話し方で9割変わる』の売り伸ばしをお願いしたいと営業部長が力説した。

「1月発行の新刊ですが、地味ながら良く売れています。取次に頼んで再配本をしてもらいましたが、返品はほとんどありません。前任の担当者にも一括注文をいただきました」

データを検索してみると5月6日に注文の履歴があって、主要店に10冊、その他の店に各5冊投入されていた。全店で182冊の投入で64冊の売上だった。

「この数字ではどうすることもできませんね」
と言うと、
「札幌の書店でベストテンの3位に入っています」
営業部長が書店のベストセラーリストを出してきた。手渡されたそのコピーを見て微妙に懐かしい感じがした。店名欄の札幌の書店はなじみのある名前だったのだ。

3年連続ミリオンセラーを作った知り合いの出版社の営業担当が、
「特別な売り方をするわけではないですが、売れる作品は確実に売る店です」
と教えてくれたことがあったし、
「どの商品も一定のシェアを確保していましたので、その店のデータを基準にして全国的な売れ行きを予測して、重版の部数を決めていました」
とも言っていた。

特別な売り方をしなくても確実に売れているということは、確かな本のつくり方をしているからなのだろう。著者と編集者の共同作業が信頼できる作品に仕上げていることが想像される。だから、営業部長の出したコピーは私にとって信頼できるデータに変わった。
売れる予感がする…素直にそう感じた。

新書は毎年ベストセラーが生まれているし、ミリオンセラーも頻繁に生まれている。ベストセラーになると長期間売れ続ける傾向があるので、販売部数も大きくなることが多い。もう一度データとベストのコピーを見比べてしばらく考えた。そして、

「特定の店で仕掛けるやり方で10万部計画始めませんか?」
と二人に持ちかけた。

「つまり特定の店で実績を作り、その店のデータをもとにして、仕掛け売りをする書店を増やす営業をする。仕掛け売りの書店を増やして全国的な展開ができれば、10万部が見えてきますよ。10万部が達成できれば新書のシリーズは書店での扱いが変わりますし、出版社にとって棚を確保する良い機会となりますよ」

これまで売れ筋の本を発掘して、何度か書店発ベストセラーを経験したことはあったが、最初からベストセラーを作るぞと宣言して始めるのは、30年以上の書店員経験の中でも初めてのことだった。


10万部計画のストーリー 
 1 店を絞って集中的に商品を投入し、特定の店で販売実績を作る
 2 その販売実績を持って他の書店に営業し、仕掛け販売の書店を増やす
 3 結果が出たら新聞広告を出す
 4 全国的に仕掛け販売の展開を広げる

以前に作っておいたペーパーを2人に見せながら、一つひとつのステップに説明を加え、第4段階まで進むことができれば10万部が見えてくるはずと熱心に説明した。

最初のステップはチェーン店内で実績作りをします。そのために拠点中心に売り伸ばす戦術を採用します。その拠点で目を見張るような実績を作り、そのデータをもとに他社の書店に営業を掛け、仕掛け売りの輪を広げる。

仕掛け売りを広げた店でも影響力のある実績が作れたら、全国紙に広告を出して仕掛け売りを一気に広げます。結果として仕掛け売りの全国的な展開が作れれば10万部は見えてきます。
まずはうちのチェーン店でも仕掛け売りで実績のある4店舗に各100冊、その他の店にはそれぞれ販売力に合わせた部数を投入しましょう。

後で聞いた話によると、説明があまりにも明快なだけに、
「随分、楽観的に物事を考える人だな」
と2人は感じたらしい。

そんなに簡単に10万部計画なんてできるのか?
突然の申し出に、彼らは戸惑いを隠せない様子だったが、それから4日後の7月4日に注文書が届いた。4店舗に各100冊、それ以外の30数店舗合計で130冊、トータルで530冊という極端に偏った配分だった。
「100冊ずつ投入する4店舗には、POPとパネルも一緒に欲しい」
という手紙もついていた。

「これは…やるっきゃないね」
注文書を確認した際、営業部長はそう言ったそうだ。

「全店で平均的な部数で平積みして売るよりも、いくつか拠点を作り、そこで集中的に販売したほうが、全体的には良い数字が作れる。拠点として選ぶ店と店の担当者を見誤らなければ、必ず成功するし、それ以外の店は売れ始めてから追加で搬入すればいい」
これが30年以上の経験から編み出した、チェーン店での効果的な売り伸ばしの組み立て方だった。


仕掛け売りの拠点をづくる
出版社の担当者はPOPを作る際、他部署にも声をかけ、社内でPOPコンテストを実施して、使用するPOPを決めた。第1位は経理部の女性の作成したPOPだった。

7月11日に商品は搬入された。100冊搬入した4店舗のうちA店は都心の200坪クラスの店で、B店、C店、E店は沿線の中核駅の改札前の店だった。それぞれ入荷した100冊をそれぞれの店の担当者は店頭の良い位置で展開してくれた。

7月末までの20日間にA店では68冊売れた。都心の200坪クラスの店でビジネス書が強い傾向があるので仕掛け売りの効果がすぐに出たようだ。B店は28冊、C店23冊で、E店はスタートにつまずいているのか20冊を下回っていた。

D店の担当者が独自に仕入れて仕掛け売りを始め20冊販売していた。D店は都心の地下街にある小型店だった。上位4店舗で139冊、それ以外の店で91冊、全店合計すると230冊売れている。20日間で約43%の消化率だ。いいスタートが切れた。

8月に入るとA店がさらに実績を伸ばし115冊、D店が小さい店ながらも効率の良い店の特徴を生かし75冊販売していた。最初はつまづいていた最大面積を誇るE店がこの間に巻き返して60冊の販売実績と意地を見せてきた。

順調に販売実績を伸ばし、8月の売上は全店で400冊を超え、7月の実績と合わせ51日間で637冊の実績となった。全店で182冊の投入した前任の担当者の配本とは販売数が雲泥の差となった。

「関西支社の活動が活発化している」
そのころ、営業部長からそんな情報が伝えられた。

大阪には仕掛け売りの得意な店が数多くある。関西駐在の社員が、営業部長の語る10万部計画を耳にし、関西エリアで仕掛け売りの強い書店に積極的に働きかけ、話に乗ってくれた駅系の書店などの勢いが強くなったそうだ。

A店ではその後もよく売れ続け、ビジネス週間ベストの第1位を5~6週間、連続でとることができた。そこで、拠点ができたと判断し、営業部長と相談して次のステップに移行してもらうことにした。


仕掛け売りの輪を広げる
知り合いの書店の担当者を紹介し、A店のデータを持って営業部長と担当者に営業に行くよう促した。関西方面での仕掛け売りデータも一緒に提示すると、紹介した店からまとまった注文を受けることができた。

他社への営業展開では、横浜で大きな効果が現れた。横浜の店でも週間ベストテンの第一位を取ることができたし、著者によるセミナーが近くで開催され、セミナーからのまとめ買いもあったと営業担当者が言っていた。

関西地域の販売実績が波及して、東京にある支店でも仕掛け売りをする店が出始めた。新宿や渋谷の関西系の店で、ベストテンコーナーの第1位の場所を数週間連続して占拠する店がいくつも現れてきた。

拠点での販売実績や商品展開の写真を載せた注文書は、見るものにとって売れていることがわかる注文書となっていた。この注文書をFAX通信に乗せて一斉送信すると帰ってくる注文書が大きく増えたし、受注部数もロットが大きくなっていった。

実績が積み上がると、次のステップは半5段で単品での新聞広告だ。
この出版社はもともと雑誌がメインであり、書籍の宣伝は自社の発行する媒体に告知を出すだけで、新聞広告を出すことはなかった。そこで営業部長は稟議書を社長に提出して新聞広告掲出の許可を得た。

8月下旬、半5段スペースの新聞広告が朝日新聞に載った。広告には新宿や渋谷の複数の書店名入りで週間ベスト第1位と表記されていた。それが売れていることがわかる広告となって、今度は地方からの大きな部数の注文を引き寄せた。
こうして仕掛け売りの輪はどんどん大きくなっていった。

拠点での実績と商品展開の事例を載せた売れていることがわかる注文書のFAX通信と、有名店の店名入りベストテン第一位を表記した売れていることがわかる新聞広告の掲載を重ねて実施いくと、仕掛け売りは全国的な展開に広がっていった。

売れていることがわかるとチェーン本部のバイヤーたちも動き出すし、取次の営業担当者も担当エリアでの販促の手段として活用し始める。チェーン本部を経由した一括受注や、取次担当者が協力してくれる地方の書店への営業が、仕掛け売りの全国的な展開づくりに拍車をかけていった。

こうした受注活動によってロットの大きな注文が溜まると、重版のロットを大きくすることが可能になっていく。また、納品先が決まっていると重版が掛けやすくなってくる。ロットが拡大して、頻度も多くなると重版部数は飛躍的に伸びていく。


10万部突破!
9月以降も必要に応じて追加注文を繰り返し10月末までに全店で1300冊を超える販売実績を作った。A店はジャンル担当者がその気になって売りまくり、全店の27%の版倍実績を作り、D店は小さい店ながら大きな店を上回る150冊を超え、次いでE店が130冊以上、B店、C店も100冊を超える実績を作ることができた。

全国における自社の売上シェアは1%と見ていた。単純計算すると13万冊を超えていてもいいはずだ。その1%理論を営業部長にぶつけると、
「まだ8万部です」
との答えが返ってきた。
「そんなものか…」

少し落胆したが、よくよく考えると全国の書店で仕掛け売りをしているわけではないのだから、仕掛け売りをしている書店のシェアが上がってしまったというのがその理由のようだ。

その後も「人は話し方で9割変わる」は順調に売れ続けた。そして、12月初めのある朝、営業部長から弾む声でついに10万部を超えましたと電話が入った。計画は見事に達成された。

クリスマス直前で賑わう12月20日。営業部長、担当者と3人で渋谷に集まり、つつましやかに10万部突破のお祝いをした。
そのお祝いの席で、私は2つの視点を話した。

「書店の立場から見ると、10万部計画のストーリーが正しかった。書店発ベストセラーが発掘できた」
「営業部長や担当者の立場から見ると、営業の力でベストセラーを作った」

もちろん、著者や編集者による創作努力あってこその出版であることは言うまでもない。書店発ベストセラーとは言え、書店員は自分の店でしか実績が作れない。だからこそ他の書店への営業による働きかけが、ベストセラー作りの決め手になるのだ。普段、行き来のない書店の担当者にも積極的に営業をかけた彼らの姿が目に浮かんだ。

当初提示した10万部計画のストーリーに間違いはなかったのだが、結果として大成功を収めることができ、文章表現を修正すると新しいストーリーに変わった。

1 書店員を巻き込んで仕掛け売りの拠点をつくり、そこで影響力のある強い売上を作る。
2 その売上に基づいた営業で、仕掛け売りの広がりを作る。
3 売れていることがわかる注文書のFAX通信と売れていることがわかる新聞広告で受注の促進をして仕掛け売りの展開を大きくする。
4 チェーン店ルート、取次ルートを使って仕掛け売りの全国的な展開を作りだすと10万部が見えてくる。


シリーズ3点で累計ミリオン
その後、この出版社からは同じ著者の新刊が年に2冊のペースで刊行され、他社からも新刊が刊行されるようになった。 
不思議なことに、『人は話し方で9割変わる』はそうした新刊と一緒に並べられても売上が落ちることなく、むしろそれらの新刊よりもよく売れていった。

08年4月に刊行した作品からは、再びタイトルに「9割」という文字を入れたことで、最初の作品と同じように売れていった。その後刊行された作品にも9割の文字が入っており、これも順調に売れている。

10万部計画から3年が経過した09年秋。その後も継続出稿している新聞広告に、
『人は話し方で9割変わる』42万部突破、
『女性は話し方で9割変わる』45万部突破、
『子どもは話し方で9割変わる』22万部突破
という文字が踊っていた。

「9割シリーズ」3点を合計すると、ミリオンセラーだ。
10万部計画を始めた時点では、100万部という言葉とは全く無縁だと思ったのだが、まさに「事実は小説より奇なり」を実感した。
仕掛け売りで効果の出やすい店と、仕掛け売りの好きな担当者のところに、充分な量の商品を送り込むと、彼らは意気に感じて売りまくる。顕著な実績が出るとさらに注文を繰り返し、他店への影響力のある強い売上が作る.

影響力のある店の販売データを他店の担当者に見せると、仕掛け売りの輪がどんどん広がっていった。チェーン店ルートや取次ルートを活用して全国各地に拠点が作れたことが、成功をもたらした。

営業担当者も関西方面や横浜地区、渋谷地区、新宿地区などの主要な店で、200冊から300冊の単位で仕掛け売りを提案し、実施することができたと話していた。
1店舗当たりの仕掛け売りのロットが大きくなると、売上が加速する。今回のベストセラー作りでは、拠点での強力な実績が作れたことがカギだったと総括した。

シリーズ3点でミリオンセラーになった根拠として見逃せないのは、仕掛け売りの効果が現われた次のステップ、つまり10万部計画達成した後で、取次のSCM銘柄に選ばれたことが挙げられる。

取次の主導するSCM銘柄は基本的に返品がなく、少ないロットで多くの書店に搬入される。売れる商品を確実に売り伸ばす方法でもある。その流れに乗って確実に売っていったことが40万部以上の実績に繋がったと考えている。

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