2015年6月12日金曜日

書店発ベストセラーのつくり方 12

12. エピローグ

 ご招待
ぐずついた天気が続く6月中旬、丸山から電話があった。
最近は仕事の引継ぎをしているらしく、薫の店に来ることはほとんどなくなってしまった。ずいぶんと久しぶりに声を聞いたような気がする。

「出版社の山田とその上司とで会食をすることになった。新書ダービーにノミネートした本人だし、薫ちゃんもどう?」
と、お誘いをされてしまった。
断ることもないと思ったし、スケジュールも空いていたので、薫は参加させてもらうことにした。

624日。新宿の店で待ち合わせをした。薫が少し早めに着くと、すでに丸山が待っていた。出版社の人たちはまだ来ていなかった。

約束の時間通りにメンバーが全員そろったので、みんなでテーブルに着いた。
「薫ちゃん、初めてだよね。部長と名刺交換させていただきなさい」
と丸山に言われて立ち上がった。
「山村書店の山中薫と申します。よろしくお願いします」
「営業部長の境と申します。今回はいろいろとお世話になりました。ありがとうございました」
二人が名刺交換した後で、山田がウェイトレスを呼んで、ビールと食べ物を頼んでくれた。

「丸山さん、今回の企画では本当にお世話になりました。おかげさまで、2ヶ月間で5000冊を超える事ができました。累計でも6500冊を超えたと聞いています。私どもの刷り部数は15万部まで延びました。ありがとうございました」
本当に良かったね…と丸山が返事をし、山田の顔を見た。

「丸山さんの仕掛けで全店企画にしていただいて、しかも、第一位を獲得することができて、他の書店やナショナルチェーンにとても力強く営業することができました。山中さんにも最初から仕掛けて頂いて、フェアにノミネートもしていただき、その結果がこの刷り部数に繋がりました。本当に感謝しています。ありがとうございました」
山田が薫にもお礼を言ってくれた。

乾杯
「ビールが来ました。乾杯をしましょう」
境部長が音頭を取って、4人で元気に乾杯をした。

「山中さんは丸山さんのお弟子さんですか」
坂井部長が薫に質問をした。
「開店から一年間、丸山にはいろいろと教えてもらったのですが、昨年の11月からは丸山塾が開催されて、そこに私も参加させてもらっています。塾生という立場ですから、弟子に違いありません」
部長が驚いた様子で丸山の顔を見た。
「え、塾を開いてらっしゃるんですか?」
「わたしも60歳を迎える時から、若い人たちに伝えたいことがいっぱいありまして、社長に相談したら、若手の文庫新書の担当者6人を選んでくれたんです。そのメンバーと丸山塾を始めました」

「どんなことをやってらっしゃるんですか」
「テキストを作って、それをみんなで回し読みをして、その後で質疑応答をします。ただ知識を得るだけでは身にならないので、宿題を出して個人目標を設定して実際に実施してもらっています。彼女は御社の『考える力!』を1000冊以上売るのが個人目標です」
「そうなんですか。山中さん、どんな感じですか」

「はい、最初に山田さんにお願いして、『考える力』を100冊仕入れて仕掛け売りを始めました。そうしたら、新宿地区の会の特別企画第三段が『この新書がすごいフェア』になったんです。そこで担当者推薦枠でノミネートさせてもらいました。
丸山マジックでいつの間にか全店フェアになってしまって、第一位帯を巻いてイチ押しキャンペーンをすることになりました。そんな風にとんとん拍子に企画が大きくなっていきましたが、おかげさまで私もその波に乗ることができました。
現在は700冊を超えたところです。この調子で秋には1000冊を超えられるだろうと思います」

「B店程度の規模の店で年間1000冊売るのって結構大変なんです。でも、この子は芯がある子なんで、長く売るのが得意なんだ。だから、目標は達成させますよ」
丸山がフォローした。

師匠の丸山からそんなセリフを聞くとは思わなかった。いつもは人を褒めたりしないのにこういう席に限って人を誉める。そんなやり方に薫もホロリとしてしまった。この人は人たらしだと思った。

話しの合間に料理が出されて、話をしながら次々と平らげていく。丸山はとても大食いだし、よく飲みもする。

そろそろ酒を変えますか…山田に言われてメニューを見たら、薫の好きな銘柄が載っていた。薫が「六代目百合」をロックでお願いしますというと、丸山が「里の曙」をお湯割りでお願いしますと言った。
珍しく二人のお好みの焼酎が揃っていたのでラッキーだった。

お酒もおいしくて料理も素晴らしかった。

ご褒美
「今回、『考える力』の編集者と、営業部で売り伸ばした山田が主任に昇格しました。15万部達成が評価されたようです。これも丸山さんのおかげです。本人に代わってお礼を申し上げます」
境部長がそういうと、
「山田さん、名刺ちょうだい、主任の名刺」
と丸山がおどけて言った。
「照れるなあ…」
と言いながら山田は名刺を出して、丸山に渡し、ついでに薫にもくれた。

丸山が「これ売れるのかな」とつぶやいた作品で1000冊越えが見えてきた。ちょっと鼻を明かした気分になったし、自分の商品を見る目にちょっぴり自信が持てるようになった。山田にも喜んでもらえてとてもうれしい。

実は契約社員だった薫も社員に昇格できた。
昇格試験には小論文と面接があったが、小論文は「年間1000冊超えを3点つくる」をテーマに書けたし、文章のチェックを丸山がしてくれた。
自分が書いた下書きと違って、書き直した文章は、自分の主張がわかりやすくなっていた。


元々公休が一緒の曜日だった大前と大場は、丸山塾の会場に一緒に現れることが多かった。みんなで気付かないふりをして陰で応援していたのだが、野球観戦以来、正式にお付き合いが始まったそうだ。私もレストランでの会食以来山田と付き合っている。
そのきっかけを作ってくれたのは丸山塾なのだからから、公私ともに本当に感謝していますよ、丸山さん。


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