2015年6月13日土曜日

私のミリオンセラー計画 1

プロローグ

駅前から続く商店街のクリスマスイルミネーションの輝きが美しく、子供たちも光の前で戯れている。そんな12月の上旬、丸山は出版社と書店のメンバーを集めて忘年会を開いた。

多くの出版社の営業マンや店長たちがドリンクを片手にあちこちに座って談笑していた。靖子は丸山の傍を離れずにいた。丸山には誰彼となく挨拶に来る人が多くいるので、そばにいるとそういう方々と名刺交換ができるからだ。
丸山の片手にはドリンクが握られている。放っておくと飲みすぎてしまうので、そうさせないための監視役をB店長の有田から頼まれていた。

〈初めて会う人だ…〉
すかさずテーブルにドリンクを置き、名刺交換する。
「丸山さんの周りには、いつも綺麗な女性がいますね」
と、お世辞を言われ、
「どういう訳かこの年になって、急に綺麗な女性が周りに集まってくるようになりました。不思議な現象です」
そこへ山本がニコニコしながらやって来た。そして司会をしていた山中も一区切りついたらしく傍にやってきた」
「ほら、また美人が増えたよ」

丸山が得意になっているところに山本が声をかけた。
「いつもたくさんの人たちが集まっていますけど、今日は何人くらい来てるんですか?」
まだ時間は早いのにもうずいぶん飲んでいるのかな…とでも言いたげな、いたずらっ子のような顔つきだった。
確かに若くてきれいな人が寄ってくる…靖子も不思議に思った。

「出版社から35人、店から13人くらいだったかなあ。今年はちょっと少ないと思っていたけど、結局、昨年と同じくらいの人数が集まっているみたいだね」
「大盛況ですね」
「一書店を中心にした会なのに、ちょっとした人気があるみたいなんだよ。どうしてかなかな」

ふいに丸山が、あ、そうかとつぶやいた。
「芳川さん今度塾を開いたんだ。うちの会社の若手書店員を集めてね。山中も参加しているんだ」
「まあ、そうなんですか」
「歳をとったせいか、自分の経験を若手に伝えたくなってしまってね」
「いいことではないですか。長年いろんなことを経験なさって来たのではないでしょうか。若手も喜ぶと思いますよ。ねえ、山中さん」
「はい、私もまだ経験がない方なので楽しみにしています」

その時、あまりなじみのない出版社の営業担当が顔を見せて丸山に話しかけてきた。
「毎年右下がりが続いて、本がどんどん売れなくなっていきますよね。どうしたらいいんでしょうか」
「全体的には右下がりに違いはないけど、売れている出版社はちゃんとベストセラーを出していますよ」
「どうしたらベストセラーが生まれるのでしょう」
「ベストセラーが生まれるのを待つのではなく、作ればいいんです。売るための仕組みを持てばベストセラーは容易に作ることができます」

また、丸山の断言癖が始まった…靖子はちょっと心配になってきたが、靖子の心配をよそに丸山が語り始めた。
「出版社が本を作って、取次に配本してもらって、書店で売ってもらう。このパターンで売れるのは、有名な作家の本や、中身が良くて大手出版社から出している場合だけでしょう。普通の出版社でベストセラーを出そうとしたらこのやり方では難しい」
「そうなんですよ」

「そこで、作品のターゲットの客層が多く立ち寄る書店に、ボリューム陳列ができるぐらいの配本をして、そこで影響力のある強い売上を作る。そこで強い売上ができれば、そのデータを使って、今度は仕掛け売りの輪を広げていく。同じような客層の店だったり、立地条件が似ている店だったり、同じエリアの店などから始めると良いと思う。仕掛け売りの輪を拡げることができたら、FAX通信や新聞広告で仕掛け売りの全国的な展開をつくる。全国的な展開ができれば、ほぼ10万部は間違いないでしょう。10万部を超えればベストセラーと言えるのではないでしょうか」

「そんな簡単にできるんですか」
「話として簡略化した表現をしているので、実際はもう少し複雑かもしれませんが、この方式でここ数年の間に、何本もベストセラーができていますよ」
「どこに行けばそういう話が聞けるんでしょうか」
「あそこに座っている川口さんはご存知ですか」
「はい、面識はあります」
「彼と組んで10万部計画を行って、40万部以上にしたことがあります。彼に聞いてみてはいかがですか?」
「ありがとうございます。聞いてみます」

話しの間に山中は司会に戻り、山本も知り合いの出版社の営業担当を見つけて席を離れていった。丸山はまた靖子に顔を向けてきた。

「ごめん、途中から変な話になってしまった。えーと、どこまで話したっけ」
「若手書店員を集めて塾を始めるというところでした」
「そうなんですよ、それでね、出版社の若手も集めてみようと考えているんだ。芳川さん、どう思う?」
「お誘いいただけるなら喜んで参加しますよ。でもどういう内容なんですか」
「テキストを作って、それを基に講義をする。実はテキストはもう出来上がっているんだけどね」

丸山はテキストのタイトルを教えてくれた。
「売り伸ばしの技術」「囲い込みの技術」「企画を成功させる技術」「ブレイクスルーの技術」の四つで構成されていて、全部マスターできればベストセラーが作れると言った。

「それでね、テキストの講義だけではつまらないので、宿題として塾生には売り伸ばしの実践をしてもらおうと思っている」
「なんか面白そうですね」
「宿題のタイトルは『私のミリオンセラー計画』にしようと思っている。ミリオンセラーというのはこの業界の夢だからね」
「何かわくわくしてきました」

「丸山さんもおひとついかがですか」
と、靖子が声をかけると、
「ありがとう。少しだけいただきましょう」
と言って、グラスを傾けてワインを注がせてくれた。丸山も靖子のグラスにワインを注いでくれた。
「それでは、二人だけで乾杯しようか」
「ミリオンセラーに乾杯」

二人だけの小さな声での乾杯はとても印象的で、これで靖子はますます闘志が湧いてきた。

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